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(……なんだよヴィーザルの奴、オレ相手なら一丁でも勝てるってか) むせ返るほどの青臭い硝煙が漂う部屋の中、ソファの背もたれに身を隠したオルヴェは足元ギリギリで潰れた豆ペーストを睨みつけ、残る手のひら大のエンドウを二丁拳銃のように構えて息をついた。 (正面切って相手したくないのはヴィーザルも同じ……勝負は一度きりだ) ……ヴィーザルが隠れているのは恐らく反対側にある丸テーブル裏だというのは確実。 そして彼もまた、オルヴェがソファに隠れていると既に気づいているはずだ。 二者の間に漂う空気は負傷の身でケルヌンノスに対峙した時のような、ワイバーンに奇襲をかけた時のような|生か死か《Dead or Alive》! あるいはその時以上の殺気と緊迫感、そして闘争の高揚に部屋の中は文字通りの戦場と化していた。 ……ここにいつもの頼れる|相棒《ベータ》が居てくれればと思っても、オルヴェの耳の奥を反復するのは豆まみれの汚い手で触ったら二度と力を貸さないという脅し文句。 アレは本気の声だった。 手のひらに滲む汗を握り潰しオルヴェがソファの背もたれを一飛びで越えると同時にテーブル裏に隠れていたヴィーザルも肉食獣のようなスピードで戦場に躍り出る! 「ッ‼」 台風のように翻る赤と黒の薄布を纏った細躯めがけ|エンドウ豆の鞘を握る《引き金を引く》と刹那の内に外套は緑に染め上げられ、糸の切れた人形のように音もなく地面に墜ちる! ……フェイク! 僅かに聞こえた鼓膜を震わす足音にオルヴェが左を向くよりも早く、漆黒のライダースーツ姿のヴィーザルは唖然とした表情でギリギリ首と頭だけ間に合った少年の横っ腹にエンドウ豆を押し当て躊躇なく引き金を引いた。 ◆◆◆ 「あー! また負けたぁ‼ もう一回! もう一回やるぞ!」 「まだやるのか? 十回やって七回負けてるのにどこにそんな自信があんだよ」 「次は勝てるかもしれないだろ⁉」 「……何やってるのよ、あなたたち」 買い出しから帰ってきたアリシアが目の当たりにしたのは、カゴいっぱいに盛られた八方エンドウと豆ペーストまみれになって睨み合うオルヴェとヴィーザルの姿だった。 「何ってガンマンごっこだろ」 「見りゃ分かるわ。あたしが聞きたいのはなんで〝コレ〟でやってんのかって話」 「ぐふっ」 こめかみに青筋を立てたアリシアは野草特有のツンとした青臭い匂いを漂わせながらふんぞり返る豆まみれの野郎どもの鼻を指先で押し潰してやる。 出かけるまでキチンと起立していたテーブルや椅子はまるで深夜のクワシルの酒場のように天地がひっくり返っており、湖の貴婦人亭イチオシ(と聞いた)のマホガニー調の床や天井にまで緑色のペーストや飛沫が付着している。 ……後で掃除すればなんとかなるとでも思っているのだろうかこの豆まみれのアホどもは。 アリシアがもう少し不健康だったならこの光景を見た瞬間、脳血管が切れてそのままぶっ倒れていただろう。 「ていうか! この八方エンドウってクエストで納品するやつでしょ⁉ 何やってんのよぉ⁉」 「大丈夫だって! 依頼の分はもう納品済みだから!」 「ほら証拠! 証拠!」 般若の形相で詰め寄るアリシアは目の前に出てきたちょっと緑がかった依頼書を睨みつけて心底呆れたため息を吐く。 オルヴェはまだしもヴィーザルまで頭が子供だったとは。 頭痛の種がまた一つ増えたではないか。 「ええと、最初は余った分をサラダにしてみようかと思ったんですけど……」 「アレはとても食べられたものじゃなかったよ……」 そんな事を考えているとエンドウ豆より青い顔のエドとイリスがそっと耳打ちしながら木製のボウルを差し出してくる。 鼻先でちょっと様子を窺っただけなのに漂ってくる嗅覚をぶん殴られたような生苦い匂いにアリシアはえづいた口を急いで覆う。 ……虫食い野菜や雑草ですら孤児たちに大人気の特製サラダにしてしまうエドすら調理できないとなれば、オルヴェたちのおもちゃになるのも致し方ないのかもしれない。 「アリシアも花の種を飛ばす遊びくらいならやったことあるだろ? それと一緒一緒!」 「ま、アリシアにはこういう自然の遊びの楽しさってもんが分かんねぇんだよ」 「ってあーーっ‼ またヴィーザルお前豆いっぱい入ってる鞘ばっかじゃねえか! ズルいぞ!」 「俺の目利き舐めんじゃねえよ、ドゥーユーアンダースターン?」 何も言わずに顔を俯かせている少女を「豆遊びが楽しくないのか」と思ったのかオルヴェとヴィーザルは口々にあることないこと言いながら籠からまた山盛りの八方エンドウを補充していた。 「しかしこのエンドウ豆よく飛ぶよな〜文字通り豆鉄砲って感じ」 「マジでどういう種してるんだ……」 そんな事を呟いていると不意に少女の白い手が二人の間から籠の山盛り八方エンドウを掴み取る。 「はぁ……正確には種じゃなくて鞘の方に秘密があるのよ」 八方エンドウを両手で揉みながらアリシアは肩をすくめ、ポカンとアホ丸出しの顔で見上げてくる男子二名を鋭く睨みつけた。 「そもそも八方エンドウが術式起動符の材料に使われるのは知ってるでしょ?」 「ああ、ネイピア商店で売ってたな」 「あれは八方エンドウの鞘が温度変化に反応しやすい特性を利用しているのよ」 手のひら程度の温度でも中身を発射する特性を利用しているの、とつらつら説明しながらアリシアは窓に向かって八方エンドウの鞘を構える。 ──よく見ていろ、とでも言いたげに少女の赤い目が細くなった。 「だからこうやって|熱源《エーテル》を込めてやれば……」 そう言いながらアリシアが二言三言何かを呟くとチリチリと光の粉が手のひらに集まる。 そしてうっすらと少女の手が光りだした次の瞬間、部屋中がカッと真っ白になり直後に空気を叩き割るような轟音とガラスが割れる甲高い音が光の中に響き渡った! 眼前から温かい突風が吹き付けオルヴェたちは咄嗟に身を守る! そして恐る恐る瞼を開いて何が起こったのかを理解した。 「──どう、これが八方エンドウの真の使い方。下手な拳銃よりも威力あるわ」 アリシアが握っていた八方エンドウの鞘は無惨に四方八方に引き裂かれ、部屋の奥にあったはずの窓からはガラスのない青空が高く高く広がっていた。 中に入っていたはずの豆と窓ガラスは最早どこにも見当たらなかった。 「す……すげぇ‼ アリシアどうやってあんなに飛ばしたんだよ⁉」 「星術使ったんじゃあねぇだろうな?」 「エーテルを操作して鞘内部の温度を思いっきり高くしてやっただけよ、星術を使うまでもないわ」 「本物の鉄砲みたい!」 「当然! さっきのあなたたちの豆鉄砲はさしずめ豆飛ばし機ってところね! おーっほっほっほっほ‼」 「……ところでアリシアちゃん、窓ガラス木っ端微塵ですけど」 「あ…………」 外から吹き込む冷たい風に盛り上がっていた場の空気は一瞬で冷め、窓ガラスの破壊音に気がついてやって来たヴィヴィアンの悲鳴とマーリンさんの鳴き声が割れた窓からマギニアの街へと響き渡った。