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どこまで歩いただろうか。 最初の目的地だった小高い丘を過ぎて、どこまで行けるか脚に任せて歩き続け、不意に吹き込んできた冷たい風にぶるりと身を震わせて顔を上げると頭上にあった空の色はすっかり黄昏の金から宵闇の藍へと移り変わっていた。 「あー……」 ここは何処だとか門限だとか今何時なのか、親に叱られるみたいな小さな問題より幼い少年の頭に浮かんだのは『やってしまった』という確信だけだった。 今朝、五つになったオルヴェが両親から貰ったのは一足の靴だった。 ──冒険用の靴、プレゼントカードにはそう書かれていた。 枕元に置かれたそこまで大きくないプレゼント箱に最初は幾分か気落ちしたものの、つるりとなめされた茶色の牛革に頑丈な靴裏、おまけに紐まで牛革で出来た靴にオルヴェは一瞬で虜になってしまった。 ……でも貰った靴は既に泥まみれ、底は砂利やら悪路ですり減り牛皮の紐ももうどこかに行ってしまった。 明るくなるまで待とうにもバックに詰め込んできた誕生日のお菓子や飲み物も既に尽きている。 最近獣狩りがあったから安全になっているとはいえこんな場所でじっとしているのは嫌だった。 「……家に帰んないと」 ため息を吐きながらオルヴェは踵を返して歩いてきた道を引き返す、家に帰って両親から怒られるにしても今は一刻も早く誰かに会いたかった。 後ろに広がるのは長い長い草原の暗い道、数時間前に通り過ぎた小高い丘、そして一番奥の真ん中に街の光がホタルみたいに心許なく照っていた。 「……ハンバーグ、ハンバーグ、晩御飯は大好きなハンバーグ」 俯いたまま早足に道を引き返しながらオルヴェは替え歌を口ずさむ。 今日の晩御飯はオルヴェの大好物のハンバーグ。 ふわふわなのにお肉がぎっしり詰まって温かい、出来たてを新鮮なトマトケチャップをかけて大口で頬張るのが一番好き。 ……お腹がぐうぐうなってるし、疲れてヘトヘトな今食べたらきっと最高に美味しいだろうな。 「お母さんの作ったハンバーグ……あったかくて、おいしくて、……」 昼間あんなに軽かった足は既に丸太のように重いし、汗で湿った服が肌にへばりついて寒いし気持ちが悪い。 それらを考えないようにひたすら壊れた靴を前へ前へと進ませる。 それでも、冷え切った闇の中で虫の声や夜風を全身に浴びると、どうしようもないくらいの寂しさと悲しさが溢れそうになってくる。 たまに上から聞こえてくる低い音に耳を澄ませれば家に帰るであろう冒険者たちが乗った飛行艇がまっすぐ街へ向かっている。 ……自分もあれに乗れたらいいのに。そう思いながらも少年はひたすら歩く。 やがて最初の目的地だった小高い丘がすぐそばまで迫る。 窓から、昼間見えていた自由と冒険の象徴も今は月の光に照らされて真っ黒な恐ろしい何かに見えた。 「あっ」 早く帰ろう、オルヴェが踏み出した足が壁のような重いものにぶつかりいきなり視界が暗転した! 成すすべなく転んだ膝から冷えた地面についた手のひら、そして顔面まで尖ったするどい針で刺されたような痛みと熱が広がってくる。 「い、痛い……」 何とか身を起こすも擦りむいた両ひざからは湧き水のようにじわじわと血があふれ手のひらに刺さった小石の凹みがくっきりと残っている。 おまけに靴も片方脱げたらしく足を引っかけた木の根っこの少し後ろの方でぐちゃぐちゃになって転がっていた。 それを見た瞬間、少年の青い瞳から熱いものがこぼれおちた。 暗い夜道で一人地面に寝転がって、折角もらった誕生日プレゼントはボロボロ。 最悪の誕生日、こんな事になるなら出かけなければよかった、と過ぎる頭をブンブン振ってオルヴェは肩掛けカバンの紐をギュッと握りしめて闇の中に泥だらけの足を踏み出した。 「ハンバーグ……ハンバーグ、だいすきなー……はんばーぐ……♪」 オルヴェはぬかるみから立ち上がるとぐずぐずと音を立てる鼻と目を擦って走り出す。 曲がるたびに温かいものを噴き出す膝小僧も、ほとんどベロベロになってしまった靴も、目指していた小高い丘も、酷いことになっている自分の顔も全部無視した。 ……オルヴェは歌うのをやめなかった。 だって、歌うのをやめてしまったら後ろから迫ってくる夜の闇に負けてしまったようだから。 やがて蹴りつける大地は泥濘から街道へ、そして踏み慣れた石畳へと変わる。 小さな一陣の風となったオルヴェは街に入ったのにも気づかず帰ってきた冒険者や人の波を掻き分けて、自分を呼ぶ声も無視してまっすぐに自分ちの扉に飛び込んだ。 そして肺いっぱいにハンバーグの焼ける匂いを吸い込んだ少年は驚いた様子で駆け寄ってくる両親に気づくことなく、堰を切ったようにワンワンと泣き出した。