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肌触りの良い赤いマフラーの隙間から早朝の肌を刺すような冷気が吹き込み、オルヴェは霜焼けになりかけの赤い鼻先までぐっとお気に入りのマフラーを上げ直すと湖の貴婦人亭目指してまっすぐに走る。
来たる聖誕祭に備え、赤と緑の装飾や錬金術などで造られた光る電球で彩られた冬の朝焼けがマギニアの街特有の赤い屋根をオレンジと白銀色に染め上げてゆく。
両腕いっぱいに抱えた箱や紙袋の中に詰め込まれたご馳走の材料を見ているだけでも、いや両腕に掛かる荷物の重さだけでも念に一度のお楽しみが脳裏に浮かびオルヴェの顔が自然とニヤけてくる。
(……だって今日は聖誕祭!)
オルヴェが一年で一番楽しみにしているお祭りであり、今年のお祭りはいつものお祭りじゃない!
異国の地での初めての聖誕祭?プレゼントや友達とのプレゼント交換?
いいや違う、オルヴェの頭の中を埋め尽くしていたのは自分の部屋で留守番している一振りの剣のことだった。
◆◆◆
「ただいま!言われた物買ってきましたぁっ!」
「あ!おかえりオルヴェくん!」
湖の貴婦人亭の冷えた扉を肘と胴体で押し開き、暖かい宿屋に体をねじ込むと真っ先にエドが駆け寄ってきた。
その格好はいつもの赤の線が引かれた厚手のエプロン、普段は鎧で隠れている胸には黒いタイツではなく毎年恒例の雪だるまがでかでかと配置された古臭いデザインのセーターを着ている。
……入らなくなったら伸ばして着ているのでもう毛糸がヨボヨボだ。
「う〜〜外めちゃくちゃ寒かったぁっ!えっくし!」
「ふふ、荷物は僕が運んでおくから暖炉であったまって来なよ」
「ありがとエド……」
買ってきたものを抱え宿屋の店主がいるキッチンの方へと小走りで駆けるエドの背中を眺めつつ、オルヴェはキンキンに冷えた体を温めるべく部屋奥の暖炉の前に小走りで座り込んだ。
燃える炎の前には自分と同じように暖を求めるイリスとヴィーザル、そして飼い猫マーリンさんを抱き枕のように抱えて丸くなった看板娘ヴィヴィアンがいた。
「おかえりオルヴェくん、帰って来るのすごく早かったね〜」
「当たり前だろ?だってどの店もオレが今日一番最初の客だったし!」
「朝からうるさいのが来て店もさぞビビっただろうな」
まだ頬や鼻先の赤いオルヴェがふんぞり返ってみせると素直なイリスは丸いオレンジの瞳をさらに丸くし、ヴィーザルは鼻で笑いながらも拳を突き出してくる。
「おー、オルヴェさんやるねぇ」
「元々はテメェが頼まれたおつかいだっただろうが……」
「えー、だって外寒いじゃん」
「ははは!違いないな!」
ヴィーザルの小言を適当に流しつつマーリンさんのモコモコの腹毛に頬ずりしようとしたヴィヴィアンだったがオルヴェたちはそんな彼女の迫りくる顔を短い手足で押さえつけるマーリンさんの姿に腹を抱えて笑い転げた。
「オルヴェくん、女将さんからお礼の御駄賃を貰ってきました。あとおつかいのご褒美に夜ご飯、オマケしてくれるそうですよ!」
「え!マジで!?よっしゃぁ!」
「こんなに寒いのによく起きられるわね、ふぁぁ……」
「アリシアちゃんもおはよ〜」
戻ってきたエドからコイン入りの袋を投げ渡されオルヴェはそのまま少年とハイタッチし、そして先程目覚めたらしいアリシアも寒さに悪態をつきイリス
に手を振り返しながらリビングへと降りて来た。
「ってオルヴェあなた、こんなに寒いのに外行ってきたの!?元気というかなんというか……」
「だろ?駄賃も今日の晩飯もコイツのお陰だぜ」
「うはは!このオレ様を崇めよ!褒め称えろ〜!」
オルヴェがヴィーザルと肩を組んで貰った駄賃を見せつけてやるとアリシアは頭を抱えつつ絶対風邪引くわとこめかみを押さえる。
……冷え性であるアリシアからしてみればオルヴェのように早朝から外に出ておつかいに出かける──それも湖の水も凍りつく極寒の季節をマフラーひとつで走り回るなんて最早畏敬の念が湧いてくる。
いつもの五人が集まった、いつもよりも少し遅い休日の朝。
寒風がガタガタ吹き付ける窓と扉、冬の休日特有の温かそうな格好の仲間たち、厨房から漂う美味しそうなスープの匂い、アジの開きみたいになって暖炉前を占領するマーリンさんにくっついてるヴィヴィアン……そして飾り付けられたモミの木の下に積み上げられた五つのプレゼント箱。
「それじゃあ全員起きてきたことだし、始めるか!」
その中の一つ、青く細長い形の箱をオルヴェは大事そうに抱えるとアリシアたちに向かってニヤリと笑みを浮かべてみせた。
悪巧みをする子供のようなオルヴェに対する反応は様々だったが同じようにラッピングされたプレゼントを各々抱えオルヴェの忍び足に続いて階段を登ってゆく。
悪さをしている訳ではないのだが、無意識の内にオルヴェたちは呼吸を控えながら冷たい床板を踏む爪先に神経を集中させて一歩一歩進み続ける。
……そして辿り着いたのはオルヴェが寝泊まりする部屋の前だった。
「みんな、準備はいいな?」
「テメェがドアを開けたらアリシアと俺がクラッカーを鳴らす、それで全員でサプライズ……って段取りだったな」
「おさらいはこの位にして……行くわよ」
扉に耳をくっつけて内部の様子を確認したオルヴェは青い目で仲間たちを一瞥すると、貼り付く氷のような金色のドアノブを掴んでいつでも突撃できるように体勢を低くした。
後ろに控えるアリシアとヴィーザルも跳ねる心臓を喉奥に押しやり、事前にオルヴェから渡された八方エンドウ製の筒を握って頷く。
……ショーの大舞台に立つような期待と興奮、それと少しばかりの悪戯心を持ってオルヴェは自室のドアノブを思いっきり引くと蝶番ごと壊さんばかりの勢いで部屋に駆け込み、オルヴェたちは机の上に置かれた一振りの青い剣に向かって『あの言葉』を口にした!
「「メリークリスマーースッ!!ベータ!!」」
大歓声と共に放たれたクラッカーの紙吹雪が辺り一面に舞い上がると同時に、部屋中に被せられた布が剥がされ赤と緑と金のペーパークラフトと壁飾りで飾り付けられたクリスマスパーティ会場が姿を現す。
オルヴェのように満面の笑みを浮かべ、或いはヴィーザルのように気恥ずかしげに顔をそらしつつも冒険者たちはベータに笑いかけながらプレゼントを掲げてみせる。
……そしてベータはそのサプライズに対し、まるで度し難い奇行でも見るかのような冷ややかな視線と無言を以て応えたのであった。
2
『何をやっているのですか、マスター』
「何ってお前へのプレゼントだよ」
そう言いながらオルヴェは早く受け取ってほしいと言わんばかりにベータに向かって自分のプレゼントをぐいっと突き出す。
そのままベータが返事をせずに箱を凝視しているとイリスも同じように顔を出す。
「オルヴェくんからベータさんがクリスマスプレゼントもらったこと無いって聞いて、みんなで準備したの!」
『クリスマス……ぁあ、』
リボンや包装紙や布で包まれた物体、日中だというのに未だ樹海に向かわないオルヴェたち。
そしてここ数日マギニア全体(特にオルヴェのような若者たち)に漂っていた妙に浮ついた雰囲気。
オーバーテクノロジーな電脳で今の日付を現代に戻してみれば成程、そういえば今日は『クリスマス』だったなとベータの思考回路が即座に答えを弾き出す。
(……よくよく思い出せば数日前にマスターがそんな話をしていましたね)
「それじゃあベータ!オレたちがお前のために選んだプレゼントをとくとご覧あれ!」
「……元はコイツが勝手に巻き込んできただけだがな」
「いいだろヴィーザル!でもみんな最後は協力してくれた訳だし、ありがとな!」
いつものようにオルヴェと少しだけ頬を染めたヴィーザルが軽口を叩き合いつつも机の上に所狭しとプレゼントが並べられる。
お馴染みのリボンで結ばれた四角い箱から包装紙にシールとリボンが貼られた高級感のある物、手触りの良い袋や大きな布で包まれた謎の物体まで、それぞれの『らしい』プレゼントが開封されていくのをベータは無感動に眺めていた。
……ダメ出しでもしてやれば金輪際こんな面倒事に付き合わされることも無くなるだろう。
それでいい、だって私はただの兵器だ。
与えられた使命を全うすることだけが存在意義なのだ。
「じゃーん!オレ特製!木彫りのベータ二号だぞ!」
『何故原寸大で作成したのですか?邪魔です』
「わたしはメンテナンス道具!最高級ノバキュライトから宝石用のクロスまで奮発しちゃった!」
『公然とメンテナンス道具を贈るとはどういう類のセクハラですか』
「僕はロールパンとコッペパンを焼きました。冷めない内に召し上がってくださいね」
『私に食事機能はありません』
「貴方って最近の事には疎いでしょ?だからほら、積層型空間認識占星学の最新版よ!……本当に重かったわ」
『空間認識……ああ、×××理論ですか。既に搭載済みです』
「霊堂の遺物売ってる奴から買った石だ。この多重円って古代レムリア王朝の紋章?だよな、もしかすると記憶の手がかりになるかもしれないって思って……」
『覚えていません』
……渾身のプレゼンテーションをまるでレーン作業のように粉砕され、先程まで自信満々にプレゼントを見せつけていたオルヴェたちは一気に静まり返った。
赤と緑のクリスマスの飾り付けもプレゼントの箱も今はむしろその陽気さが苛立たしく感じるほどつまらなく見えて、まるで雪の中に生き埋めにされたような冷たくて重くて息苦しい空気。
その静寂をぶち破ったのはヴィーザルの普段の二枚目からは想像できない天を突くようなシャウトだった。
「ほらこうなった!!最初に何が欲しいか聞いとけって俺言ったじゃねえかアホ!!」
「はぁ!?プレゼントって言ったらサプライズがあってこそだろ!わっかんねぇのかなぁ、ヴィーザルには!」
胸を何度も突きながら揚げ足を取ってくるヴィーザルの喧嘩腰にオルヴェは歯をむき出しにして食らいつく。
互いのおでこを突き合わせ睨み合う二人は今にも掴み合いに発展しそうな険悪ムードを放っており、数秒もしない内にいつもの言い争いが始まった。
「じゃあお前来年から誕生日プレゼントの内容ランダムな。サプライズだぜ良かったじゃねえか!」
「はぁ!?じゃあヴィーザルのプレゼントこれから先ずっとザリガニだからな!ハイ決定!」
「ザリガニとか何のダメージにもならねぇよバーカ!」
「言ったな!じゃあ毎年必ずゆでザリガニ五キロ完食しろよ!味付け無しな!」
「そんなルール聞いてねぇから無効無効!」
「ちょっと貴方たちはすぐ喧嘩しない!!ベータが取り残されてるでしょ!?」
「じゃあアリシアはどっちの味方なんだよ!?テメェも俺にザリガニ食わすつもりか!?」
「ザリガニから離れろっての!ていうかどっちって決めたら選ばれなかった方が百パーセント不貞腐れるでしょ!」
「オレ拗ねないし!!」
『…………』
……目の前で繰り広げられるオルヴェとヴィーザル、そしてアリシアの口から矢継ぎ早に飛び出るどこか幼稚な売り言葉に買い言葉にベータは圧倒されていた。
例えるならそれは、遊びたいおもちゃを取り合って喧嘩する幼児のような、達人同士の剣戟のような、或いは激しい銃撃戦のような本気具合とスピード感を併せ持っている。
舌戦に交わらなかったイリスとエドもベータのように離れた場所で沈黙を保っていたが、その表情は眉をへの字にしたり腕を組みつつも三人を見る目は全く慌てた様子がない。
……まるで『いつものことだから』とでも言わんばかりにイリスとエドは目の前の争いを気に留めず、二人で勝手にプレゼントの反省会を開催していた。
「まさかベータさんがまさか食べる喜びを知らないなんて……おお、神よ……!!」
「……」
「……イリスちゃん?」
「武器にとってメンテナンスってそういう事だったの……?」
「あの剣の頭の中がドピンクなだけだろ!変態ソードがよ!」
「変態!?」
「ベータは変態じゃねぇ!」
ヴィーザルを筆頭に反省会に乱入してきたオルヴェたちは、そのまま二人を巻き込んで最早サプライズ計画の可否に関する言い争いですらない何かを怒涛の勢いで喋りまくっていた。
……きっと、既にオルヴェたちの中では言い争っていたという思考はとっくに失われていたのかもしれない。
『……その、マスター』
「どうした?」
ザリガニの味に関する討論に入ろうとしていたオルヴェをベータが少し大きめの声で呼び止めた。
静かでよく通る少し低めの声にオルヴェたちは即座に喋るのをやめ、十の瞳を一斉に蒼い剣へと向ける。
オルヴェも先程のように強気な大声ではなく、まるで年下の子供に話を聞くような落ち着いた声で首を傾げてベータをじっと静観している。
……ベータはため息のような空気音を出すと、論理回路が出した『正しい理由』を淡々と音として出力させた。
『私は兵器であり道具です。プレゼントを欲するプログラムは組み込まれていませんし、私の使命とクリスマスプレゼントには何の関係も見当たりません』
……あくまでも自分は兵器であり道具なのだ。
今喋って考えている人格は人の手で造られた物であり、今浮かぶ思考も◯と一で構成された電子のパターンに過ぎない。
音声が僅かに揺れているのも、滑らかな言葉の節々に躊躇うようなブレス音が混ざるのも、思考プログラムに従って起動した機能の一つでしかない。
……兵器ごときにプレゼントを贈るなんてナンセンスだ。
「んー……オレたちがベータにプレゼントを持ってきたのは使命とか、仲良くなるためとか、そういう難しい理由じゃないんだ」
……そして、外の寒風が窓をガタガタと揺らす音だけが部屋の中で一分ほど響いていた。
オルヴェは思案するようにしばらく唸ったあと、にっと口角を上げて手の中の木彫りのベータをくるくると回した。
空色の青い目は少し歪んでいるものの丁寧に彫られた剣と木の匂いが染み込んだ絆創膏だらけの手を映し、ゆっくりと弧を描いた。
「クリスマスプレゼントを贈られるってこんな楽しくて嬉しい物なんだってベータにも知ってもらいたかったんだ!
だってお前はもうアルゴノーツの一員、オレたちの友達だからな!」
まるで大輪の花のように顔を綻ばせながら心底嬉しそうに笑うオルヴェ。
ベータを見下ろす顔は普段の快活で元気な笑顔ではなく少しだけ開かれた口は柔らかく温かな雰囲気をまとい、キラキラと夏空のように輝く瞳は海のように深く優しげな色に蒼い剣を浮かべて緩んでいた。
……彼の仲間たちにも目をやると頬を赤く染めたり頭を掻いたりはにかむように笑い声を上げる者もいたが、誰しも少年と同じような温かさを感じる瞳でベータを見守っていた。
『……そうですか』
……やっぱり、この少年の思考回路は単純すぎてよく分からない。
だが、そんな単純さと純粋さが彼の周りに集まる人間には心地良いものなのだろう。
自分は機械だ。
痛みを感じることはないし、人格も感情も結局は限界のあるプログラムに過ぎない。
『……どのプレゼントもマスターたちが私を喜ばせようと考えて持ってきてくれた。そういうプレゼントを貰うのは悪くない気分です……ありがとうございます』
それでも、この機体のどこかで感じる暖炉の炎のような熱はきっと彼らが火をつけてくれたものなのだろう。
ならば人間に造り出された兵器(じぶん)がやるべき事はこれなのだ。
オルヴェたちは頬を桃色に染めて沸き立ち、机の傍に小躍りしながら集まっては嬉しそうに自分や仲間が送ったプレゼントの内容で盛り上がる。
……己を囲むプレゼントの山と見ていない間にいつもの騒がしい空気を取り戻した若き冒険者たち、そんな幸福な光景を遠い昔に見たような感覚を覚えつつ、ベータはもう少しだけ今日が続くことを願っていた。
あとがき
信じられないかもしれないけどこのSS、クリスマス前に書いてたやつなんだぜ…
しかも何を迷走したのか短編のつもりなのに修正前は2万字越えてたんだぜ…
以前フォロワーさんが『キャラクターを覚えてもらいたいなら季節ネタを書くといいんじゃない?』と言ってたので実際にやってみた。
クリスマスも何もかも過ぎてしまったけどメリークリスマス!(アップロード時2月)
書く前はビビってたけどギルドによって合う季節ネタ合わないネタがあって意外と楽しいねコレ。
そしてアルゴノーツのみんなのベータへのプレゼント基準だけど
・オルヴェ…動いてないと死ぬ男児だけど集中したら静かになるタイプなのでクオリティは意外と高い。
・エド…最初はシュトーレンとかブッシュドノエルとか季節ものにしようとしたけど、やっぱり作り慣れて自信のあるパンにした。後でみんなで食べた。
・ヴィーザル…実は最後までプレゼントが決まらなかった。オルヴェと一緒に街を歩いてたら冒険者から仕入れた遺物を売ってる露店で霊堂から見つかったレムリア王家の紋章が彫られた宝石(実際は強化ガラス玉)を発見し即決にした。ちなみに割り勘。
・イリス…傭兵一族出身で武器には詳しいのでツテを使って奮発した。
・アリシア…ベータは現代知識に疎い()ので親切半分自慢半分で本にした、実際読むとなるとベータが本のミスやまだ未解明の理論を漏らすので学者魂が刺激される感じ。
ちなみにベータ単体だと読めないので実質オルヴェが読むハメになる。無理矢理教えて読ませる(ベータの知識が知りたいから)