進め新米冒険者(後編)

アルゴノーツ:第二迷宮『碧照ノ樹海』 その2

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「……ねぇヴィヴィアン、オルヴェは?」 「寝てるよ〜」 「またぁ!?」 冒険者たちも大半出かけて静かな午前が過ぎる湖の貴婦人亭を震わせたのはまだ若い占星術師の少女──アリシアの怒り半分呆れ半分の怒号だった。 驚き逃走を図ろうとする愛猫を捕獲したヴィヴィアンにアリシアは顔を赤くしながら我に返ると、威嚇してくるマーリンさんに小声で謝った。 「こほん……でも流石にずっと寝てる訳じゃないでしょ?」 「うん。夜中とか早朝とか起きてるみたいだけど~なんかすぐどこか行っちゃうんだよねぇ」 「どこか……ってオルヴェ外出してるの!?」 「多分」 ヴィヴィアンの真面目にやっているのか分からないような受け答えにアリシアはうんざりした様子で片眉を吊り上げながら頭を振る。 一応彼女の話によればオルヴェが夜中に起きているのをたまに見かけるそうだが話しかける暇もなく宿から飛び出して、帰ってくるのはアリシアたちが留守のときや眠っている時ばかり。 ……朝ならオルヴェが起きているかもしれないと踏んで、無理を言って早めに探索を切り上げて戻って来たのだがどうやら失敗だったようだ。 「あいつに会えないからってガキと猫に当たるなよ」 「うるさいヴィーザル、人数足りなくて困ってるのは事実なんだから仕方ないでしょ」 「いてっ」 仲間たちの待つテーブルに戻ったアリシアは余計な事を言ってくるヴィーザルの頭を拳で小突くがその整った顔には深い皺と隠しきれない焦燥が刻まれていた。 目立ちたがり屋で仲間思いなオルヴェらしくない人目を避けるような行動に安穩なエドもため息をつき、パーティの妹分であるイリスは不安そうに橙色の瞳を俯かせていた。 「やっぱりおかしいよね、もう一週間だよ」 「一日二日くらいなら分からなくもないけど流石に、ね」 「この忙しい時にグースカ眠りやがって……」 「ちょっとヴィーザルくん!」 「唯一っぽい目撃者のヴィヴィアンも詳細不明、ベータには聞けない、さぁどうする参謀殿?」 わざとらしいくらいのため息を吐きながら悪態をつくヴィーザルの気持ちも、それを窘めるエドの考えも分からなくはない。 ……碧照ノ樹海で獣王ベルゼルケルを撃破したあの日からもう一週間。 空席になった支配者の座を巡る争いかそれとも住処を侵略する冒険者たちへの復讐心か、今現在の碧照ノ樹海は凶暴化した熊の魔物が跋扈しておりこれまで以上に死傷者が出ているのだ。 欠員の出たアルゴノーツも協力してくれる冒険者のお陰で何とかやっているのだが、最近では森の破壊者よりもさらに強力な熊の目撃情報やマギニアの街外れに野生の狼が現れる始末だ。 獣王ベルゼルケルを撃破したギルドとして他の冒険者や司令部の期待に応えるためにもまずは全員揃う必要がある、アリシアはそう考えているのだが頭痛の種が増えるばかり。 両指を組んで難しい顔をしていたアリシアはやがてソファから勢いを着けて立ち上がる。 ……少女の双眸が指し示すのは宿の二階への階段だった。 「仕方ないわね、オルヴェの部屋に行くわ」 「えっ」 迷いのない足取りで階段へと歩み寄ろうとするアリシアの細い腕を咄嗟にエドとヴィーザルは両サイドから引き留める! 「なっ!何よ!?」 「出かける前見た時は完全に寝てたぞオルヴェのやつ」 「今も寝てると思いますよ!?」 ……緊急事態とはいえ歳の近い異性に許可なく部屋を見られるのは流石にオルヴェがいたたまれない。 二人は顔を引きらせながら止めようとしたが残念ながらアリシアにその熱意や同情なんて甘っちょろい考えは通じず、みぞおちに鋭い肘がねじ込み拘束が緩んだ隙に彼女はするりとスカートを翻しながら抜け出した。 「ちょっと覗くだけなら五分以内で済む。ベッドの下覗こうとかタンス漁ろうって訳じゃないんだから」 「待ってよアリシアちゃん!おいてかないで~!」 無慈悲な宣言を口にしながら階段を上るアリシアを慌てて追いかけるイリス。 ……もはやエドたちがオルヴェにしてやれる事は彼女たちよりも早く何かしらの証拠を見つけるしか残されていなかった。 「ちょっと良心が痛みますね」 「……オルヴェ、骨は拾ってやるからな」 湖の貴婦人亭は全三階建ての冒険者向けの宿泊施設だ。 一階はヴィヴィアンたち管理人家族や食堂が、二階からは冒険者用の部屋が並んでおり一列になって進んでいたアリシアはある一部屋の前で立ち止まると丸いドアノブを静かに静かに捻る。 相変わらず物が散乱している部屋の床や壁は淡い空色のカーテン越しの日光で水底のよう、床に置かれた鞄、椅子の背もたれにかけられた羽織、机の半分を占領するどこで拾ったのかわからない石や枝、自分の部屋と比べあまりの散らかりっぷりに頭が痛くなってくる。 ……そして一番奥のベッドの上にあるシーツの固まりからは規則的な寝息が聞こえてきた。 「ほらな、寝てるって言っただろ」 「なら好都合ね、起こすのも可哀想だしさっさと調べるわよ」 「えっ、入るんですか」 もういいだろ、と言わんばかりの男子二名の静止も虚しくアリシアは躊躇することなく部屋に足を踏み入れる。 そのまままっすぐベッドへ向かい、一定のリズムで膨らんでは縮むシーツを白い指が捲ると少し日に焼けた幼い寝顔が晒された。 「……」 (……寝てる) アリシアたちが知るオルヴェはまるで動き回っていないと死んでしまうのかと思うほど騒がしい、シーツも枕も蹴り飛ばすものだと言わんばかりに寝相も悪い。 そんな少年が今はまるで胎児のように無防備に体を丸めベッドに身を預けていたのだ。 アリシアが頬を突いてやると薄く開いた口から嫌がるように喃語をこぼしながら眉間にしわを寄せる……この表情は少し癖になりそうだ。 「……何ていうか、オルヴェにしては寝相が大人しいわね」 「ふーん、やっぱ専門家から見たら違うのか」 「はぁ!?」 「あ、二人とも静かに……!」 ニヤニヤと半笑いで茶化すヴィーザルに即座に噛みついたアリシアを宥めつつ、エドたち四人は改めて少年の部屋を物色することにした。 サイドテーブルの定位置にはサテンのフカフカとしたクッションとベータが鎮座し、丈夫な衣類やきらりと輝く青の防具もいつもと変わらない位置にかけてある。 子供の頃と変わらず物は多いものの、怪しげな品やオルヴェらしくない物があるとかそういう違和感は何一つとして見当たらない。 「もうオルヴェくんが大人しく寝ているくらいしか変なところがないですね」 「よね……あら、」 そろそろ部屋を出ようかとイリスに声を掛けると彼女は壁にかけられた赤色のマントをまるで魅入られたようにじっと眺めていた。 「どうかしたのか」 「いやぁ、これって……」 そう言いながらイリスは壁にかけられた赤いマントについていた『それ』に上半身ごと手を伸ばすと、三人の目の前に差し出した。 ──『それ』は緑色をした細長く平たい葉っぱだった。 「……葉っぱ、ね」 「で、この葉っぱがどうかしたのかよ」 「そこら辺に生えているものと変わらないような気もしますけど……なにか分かったんですか?」 「あれれ……」 まだ枝から落ちて日が浅いのか表面は滑らかで鮮やかな緑色が目を引くが、だからどうしたと言う風にヴィーザルは鼻を鳴らしながら肩をすくめる。 訳が分からないと言いたげなヴィーザルたちにイリスはうぅんと、どう説明したらいいのだろうかと頭を捻りながら言葉を発した。 「えっと、オルヴェくんはマギニアに戻ってから一回も樹海に入ってないよね?」 「ええ、そうだけど?」 「エドくんとヴィーザルくんも宿に入る時は服を払ってから入るよね?」 「うん、だけどそれが──」 イリスの言葉に首を傾げていたエドだったがそこまで言った直後、灰色の垂れ目を大きく見開いて『あっ』と声を上げた。 「じゃあオルヴェくんは一人で勝手に樹海に出かけてるってことですか!?」 「なっ!?でも流石に何も言わずになんて──!」 「……ぅぅん」 「!!」 直後シーツの中から不快そうなうめき声が響きアリシアたちは驚いた猫のように団子になりながら階段を駆け下りる羽目になったのだった。

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更新履歴

 ・2025/10/21:第7版(完成:後半1-2を結合)   ・2025/08/15:第6版(後半-2/1~2ページ)   ・2025/05/27:第5版(5ページ)   ・2025/05/07:第4版(2ページ)   ・2025/05/03:第3版(章分け変更、1~4ページ)   ・2025/04/22:第2版(1~3ページ)   ・2025/04/15:第1版(1~2ページ)