1
北方の小国カレドニア。 そこには知の殿堂とも称されるミズガルズ図書館が存在する。 世界を股にかける巨大施設にして組織である図書館は〝叡智による人類の進歩〟を掲げ世界各地からあらゆる知識や文献の収集・保護を行い、それらを求め多くの学徒が集っていた。 王族や貴族の学び舎でもあり錚々《そうそう》たる学者や騎士が卒業生名簿に名を連ね、更には孤児の保護活動や独自のコネクションを持ち、世界のどこを見ても勝るものはない文化的な施設であった。 ……だが、その学び舎にも一筋の影があると知る者は少ない。 「……『原初の女神』が、本当に実在しているのか……」 絢爛な学徒の学び舎から地下深く、関係者ですら立ち入りを制限されたエリアの一室で驚愕の声が響く。 部屋では一段高い場所に一人と、それを十数人がぐるりと円卓を囲むように座っており顔も姿も闇に隠れている。 空中に浮かび燐光を放つ資料だけが周囲を照らし、一人立つ研究者は淡々と彼らに事情を説明していた。 「資料でもご覧になった通り、エトリアの協力者によるデータ、ハイ・ラガード公国地下遺跡に記された文章、そして先日アーモロードで発見された黒曜石版の警告文の解読により『原初の女神』の封印場所が判明しました」 研究者の言葉と同時に資料が切り替わり、とある孤島と神話の怪物の如き大蛇の挿絵が空中に浮かぶ。 「回収についての目処は」 「現在エトリアとハイ・ラガードを踏破した調査隊はアーモロードです。その他の調査隊では実力不足かと」 それでは困る、と思わず声を荒げた者に同意するかのように辺りは静まり返る。 ……古代技術の悪用を防ぐ秘せられた使命を帯びるミズガルズ図書館として、あまりにも危険な『原初の女神』回収はたとえどんな犠牲や悪徳を支払おうとも最優先事項にするしかなかった。 〝世界の裏側〟を知ってしまった彼らにとってもはや目と耳を塞いでベッドでガタガタ震えている事は緩慢な自殺に等しい。 そうやって怯えている間にも世界各地では世界樹を始め、旧時代の置き土産が地面の下で目覚めの時を今か今かと待ちわびているからだ。 人類が〝再生〟して早千年。 今なお強欲と戦争を遺伝子に刻む人類が何かの拍子に〝強い武器〟を見つけたらどうなるか。 記憶に新しいのは西の僻地タルシスでの事例だ、あちらは現地の冒険者がうまく解決したがあれもまた偶然に過ぎない。 ──干渉・管理出来ないのなら破壊あるのみ、それが現時点でのミズガルズ図書館苦渋の結論である。 幸いにも一度目覚めれば世界を産み直してしまう原初の女神の存在を知るものは少ない、だが彼女の眠る島は数日前全世界の……それも|秘密を暴く者《ぼうけんしゃ》たちへ知れ渡ってしまった。 円卓の中央にある一枚の薄い紙切れ、そこには考えうる限り最悪の文章が書いてあった。 〝絶海の孤島レムリアへの冒険! 勇猛なる冒険者求む! ――『マギニア王国』〟 「……『実働隊』の派遣を許可する。全ての資料の回収及び原初の女神の調査及び破壊を命ずる、手段は問わない。……邪魔するものは排除せよ」 円卓の代表者はその紙を忌々し気に握りつぶし、屑籠へと放り込んだ。
2
その日はミズガルズ図書館の孤児たちが待ちに待った運命の日だった。 今日こそは私も何者かになれるはずだと、黒髪の少女は部屋を出る前にもう一度身なりを確認する。 ……天気は快晴、調子はこの日のために最高のコンディションに仕上げてある。 少し狭くなってきたベッドも日焼けして色の薄くなった壁紙とも今日できっとおさらばだ。 「……行こう」 最後の準備を終えた少女が部屋の外に出ると長い廊下に椅子やソファが並んでおり、孤児たちが一人ずつそこへ腰掛けて運命の時をじっと待っていた。 背筋を伸ばして胸を張った奴もいれば、数分前までは同じような姿勢だったけど肘掛けに肩を乗せて伸びている奴もいる。 だが皆一様に、丸っこい目には将来への期待や希望の色をした輝きがあふれているのだ。 ……引き取られた子供たちはこの日のために戦闘訓練や勉学をこなしているといっても過言ではない。 途中でドロップアウトする奴もいるが、大半は一発逆転を狙って苦節の日々を送っているし特に数年前にお姫さまと結ばれた孤児出身の騎士の話は大盛り上がりで剣の授業はもちろん、いかに貴婦人のハンカチを拾うかといったどうでもいい作法ですら流行っていた。 目の前を大喜びで走っていく子供たちを見つめていると、遂に黒髪の少女の名前が廊下に響く。 いつも以上に大きな声で返事をし豪華な飾り彫りの木扉を開け、少女は教わった通りに椅子に腰を掛ける。 部屋の中にはいつも通り白いひげと黒い眼鏡の特徴的な教授が座っており、彼の青紫色の目が上がるとこれまで自信ありげだった少女は不意にこぶしを握り締めた。 毎年この部屋に意気揚々と入っても帰る時には元の日常に逆戻り。 何度悔し涙に枕を濡らし、何度自分より年下の同期に笑われたことか。 どれだけ頑張ってもこの選抜試験で落とされる、そんな日々はもうごめんだ。 少女の黒い瞳が毎回のように睨みつけてくるのを確認した選抜教授は彼女に無言で蝋付きの封筒を手渡す。 「……へ?」 「結果はその中身を見てくれ。……次の者!」 「あの、採用か不採用とか、言わないんですか」 言葉を詰まらせながら少女は疑問を呈する……称号どころか採用不採用かも言われず、しかも封筒手渡しなどというのは少女も聞いた事も見た事もない。 だが教授は少女の問いに答えず、先ほどの声で順番が来た次の子供が不思議そうに見つめてくるので黒髪の少女は封筒を握りしめて部屋を後にするしかなかった。 「私が……なんで私が〝ゴミ処理部隊〟なんですかッ!」 それからしばらくして、教授の部屋へ飛び込んできたのは声に怒りを滲ませた黒髪の少女だった。 彼女は手に握りしめた封筒の中身を地面に投げつけ机を叩くと、身を乗り出して男に詰め寄る。 「それが君の適正だと判断されたからだ」 「判断って……それは教授の独断で──‼」 「君たちの結果を元に公平かつ適切に判断する、それが私の仕事だ」 「模擬戦の結果も平凡、学力も平凡、協調性にも欠ける君に調査隊や護衛任務が務まるとは到底思えない」 「!──っ」 少女の目の前に突き出されたのは彼女の成績表、それも孤児院に入ってからこれまでの全ての記録だった。 視界に映る少女の評価点はどれも平均かそれ以下。 教授たちや孤児院の職員のメモにも手放しの誉め言葉はどこにも無い。 ──「気難しく、友人はいない。いじめられはしないが集団生活にも馴染めない」 ──「対話よりも暴力で解決しようとする傾向にある」 ──「身体水準は剣士にも騎士にも満たず、術師にも適正ナシ」 わなわなと震える少女に男はため息をつき、最後の反抗心をへし折るように声を低くした。 「何度も言っているだろう。与えられた役目に良い悪いはない、任された役目を果たせと」 「──それとも君は、|図書館《こきょう》を出ていくつもりなのか?」 「……っ」 男の言う通り、幼い頃に家族を亡くした少女には行く宛も帰る場所もない。 少女は悔しそうな歯噛みと耐え難い屈辱に唇を歪ませたまま扉の蝶番を破壊する勢いで飛び出していった。 「……すまない」 彼女たち孤児を育てて来た教授は〝何でもない彼女を特別扱いするわけにもいかない、だから自分の立場からは従属か破門かの選択を突きつけるしかなかった。 ドタドタと床板を踏み鳴らす音を聞きながら教師は俯き、机の上にある冒険者募集のチラシから目を逸らした。
3
学棟や孤児院、そして調査隊舎から離れた裏棟を目指す少女の足取りは重かった。 前の日の晩淡い期待を胸に荷造りしたというのに少女が赴いた場所は空調の整った本館とは違う、土や人間が入り混じった外の匂いで溢れかえった〝掃きだめ〟だった。 「なんで私がこんな所に……! ゴミ処理、ハイエナ、クズの……わっ」 目の前に突然壁が現れ、少女は思わずその場でたたらを踏む。 壁にしては柔らかく温もりのあったそれは鎧の上からボロのサーコートをまとった大男だった。 彼の周囲には同じように人相の悪い輩がたむろしており、どう見積もってもミズガルズの人間ではない。 「今なんて言った? あ?」 「っ何でもいいだろ! 急いでるんだ、そこをどけ!」 上着についた塵を払い男は少女に向かって凄むが、鬱憤と怒りで闘争心むき出しの少女は逆に落とした鞄をひっつかんで彼ににじり寄り、怒鳴るように啖呵を切る。 「……このガキ、孤児だか何だか知らねぇが口がなってない様だな!」 男がやる気になると仲間のごろつきたちが下卑た歓声を上げ、周囲の目が少女の方へ一気に集中する。 またやってしまった、と内心舌打ちしつつ少女は騒ぐギャラリーと眼前の男を睨みながら体勢を整える。 訓練では自分よりも体格の良い相手と戦った事もあるが勝率は五分五分、しかも背後の男たちやギャラリーがいつ加勢するか分からない。 少女の本気かそれとも不安を察知したのか、男は腕と首を鳴らして何と腰に付けた短剣を引き抜く! 「!」 「殺されないとでも思ったのか?」 刃の表面に映る少女の驚き顔が一気に青ざめる──まさか武器が出てくるとは考えていなかったのだろう。 一端の荒くれものである男がその隙を見逃すはずもなく無骨な腕から致命の一撃を繰り出した! ……だがナイフが届く直前、身構えた少女の身体はミルラの香りのする柔らかな布につつまれ後ろに引き寄せられ、怒れる男の攻撃は空を切った。 「なっ」 「……」 危機的状況の少女をかばったのは黒い外套を纏った細身の青年だった。 緑がかった長いストレートヘアと色白な見た目は吸血鬼のよう。 ギャラリーのどよめき、ごろつきたちの怒号、男の困惑の視線と声を一身に浴びながらも青年の表情は彫刻のように無機質そのもの。 そして血のように真っ赤な三白眼の冷たい視線に、少女は思わず息を呑み彼の顔を呆然と見上げるしかなかった。 「だ、誰だ……お前」 「みんな待たせちゃったね☆ オレちゃんはミズガルズの者、つまりキミたちの取引相手だよ☆」 そんな落ち着いた見た目から飛び出してきたのは軽薄そのものな声と言葉だった。 鉄仮面のような顔に満面の笑みを浮かべる姿がかえって恐ろしい。 ニコニコ笑顔のまま黒い外套の青年は少女を自然な動きで後ろに下げるとカウンター上の袋の中身を確認し、男たちに投げ渡す。 「依頼の品を持ってきてくれたんだね☆ 感謝感謝~これ報酬ね☆」 「へっ、どれ……おおコイツは……!」 「期日前納品だしオマケしといたよ☆」 ──袋から聞こえる金属の擦れる音と男たちの満足げな唇を見るに中身は十中八九金だろう。 それでもなお少女にぶつかられた方の男は満足していないのか、殺気立った様子でこちらを睨みつけている。 すると青年は不安そうに表情をこわばらせている少女の肩を掴んでウィンクしてみせた。 「んで、この子はオレちゃんの連れ☆」 「連れ⁉」 突拍子もない単語に少女は反射的に叫ぶが青年は気にも留めず、少女の耳元に口を寄せると「話を合わせて」と自身の口の前で静かに指を立てる。 突然の提案に少女はわずかに思案するが彼の横入りによって落ち着きを取り戻した彼女はやがて青年の言う通り硬い笑顔を浮かべながらも彼に身を寄せた。 黒外套の青年も眼前の男に畳み掛けるように少女の頭を撫でながら寄り添っていたが、やがて細い指先が肩から背中へ、腰からその下へ流れるように動き……。 「ツンツンしてるけど年頃だからね~ほらここの膨らみとか……」 「っ‼」 鎮火しかけていた怒りが再度爆発し、少女は青年を蹴り飛ばして剣を引き抜く! 突然の攻撃に青年はぽかんと口をあけたが、すぐに笑顔を取り戻して空中で受け身を取るとひらりと地面に舞い降りた。 「おっ! やる気マンマンか? いいぜいいぜ、キミならそれくらいが十分だ!」 「黙れ変態! これが目的だったのか‼」 これまで以上に盛り上がるギャラリーを無視し少女は身を屈めた姿勢のまま青年に突撃する! だが鋭い剣先が貫いたのは黒い外套であり、既に青年は少女の上を跳躍して彼女の後ろに飛び移っていた。 直後に飛び交った十字型のナイフの雨から室内を走り回って避けた少女はその勢いのまま一気に加速すると青年の脇腹に蹴りをお見舞いする! しかし一瞬のうちに視界がミルラの匂いの暗闇に覆われ、枕を殴ったように手応えのない感触が帰って来る。 外套を振り払った時には既に青年は自分から距離を取っており回収した短剣を朗らかな笑顔で見せびらかしてきた。 「ほい回収~☆ あれどうしたの? お腹痛い?」 「ほざくな‼」 盾さえあれば無理やり|突撃《シールドバッシュ》するのもやぶさかではないが生憎鞄の底だ。少女は自分の鈍さと間の悪さに歯噛みするしかなく、頼みの綱である剣を握りなおす。 その思案の最中にも青年は外套も回収し、突撃と回避を繰り返す少女の体力と気力だけが消耗される。 最初は無視できていた疲労も、十五分以上も不毛な戦いに身を投じていれば息切れと鼓動の音がうるさくて仕方がない。 更に青年の投擲する短剣には何か塗ってあったのか刃が頬や肩を掠るたびに段々と身体が思うように動かなくなる。 完全に麻痺した左腕を庇いながらも目の前に剣を向ける少女に青年はどういうワケか拍手を送ってきた。 「キミって丈夫だね~☆ その毒って悪魔も邪教徒もイチコロなんだけど?」 「うっさい……!」 「オレちゃんも戦いたい気持ちは山々だけど、今日は急いでるからね☆ ──そろそろおしまいにしよっか」 それまで軽い雰囲気を漂わせていた青年の声が一際低くなり、どこに隠し持っていたのか赤く歪な形の剣を取り出すと瞬く間に少女との距離を詰める! ……あの剣に何か仕込んでいたとしても今の自分にはコレしかない。 少女も剣と脚に力を込めると青年を迎え撃つべく走り出した! 音すらも置き去りに青年と少女の影が交差し、鋼のぶつかり合う声が石造りの廊下に波紋のように広がる。 差し込む日差し、舞い上がる埃、息を飲み吐き出す音すら雑音でしかない静寂。 少女と青年は長い時間立っていたように思えたが青年が剣を仕舞うと同時に少女は床に顔から倒れ込んだ。 ……勝敗は決した。 途端に辺りには爆発したかのような歓声が炸裂し、青年も駆け寄ってくる観衆に求められるままハイタッチしたり拳を突き合わせて勝利の喜びに沸く。 一方の少女は傷こそ浅いものの、未だ麻痺は続いている上に先ほどの〝異常に重い一撃〟を受けその場でうずくまっていた。 自分で始めておきながら無様に負けた少女を顧みる者はおらず、指をさして嘲笑う声だけが聞こえてくる。 愚かな負け犬に手を伸ばそうとする観衆を青年は追い払うと、少女の頭に手をかざして解毒の聖句を唱え始めた。 「にしても聞いてた通りのじゃじゃ馬ちゃんだったね~こりゃ大変……ん?」 「ま、まだ……!」 なんと少女は解毒も終わっていないのに立ち上がろうとしたのだ。 怒りの形相を浮かべたまま、少女は何とか動く右腕を支えに残りの四肢と胴体をもたげようと必死にあがく。 驚き半分心配半分の表情の青年が伸ばす手を振りほどいて右手の剣を何とか持ち上げようと力を込めた。 「まだ動けるの⁉ さっきの毒ってフツーの人はビリビリ動けなくなるんですけどー……頑丈だねぇ☆」 「うるさい……今すぐ──」 「ああ、本当に煩わしい声だ……な」 場にそぐわぬ小さく静かな声が聞こえた瞬間、その言葉が異様な〝重圧〟となって傷だらけの少女を床に縫い付ける。 先ほど受けた毒とも違う重さは見えない鎖となって少女の抵抗力を完全に奪い去り、青年は大はしゃぎしながら手を振った。 「バーバ! 来てくれたんだ~! この子すっげぇはしゃぐの、スゲー大変なんだぜ?」 コイツが呼んだ『バーバ』とは誰なのか、見えない鎖に無理やり逆らって少女は視線を上げる。 その先に居たのはボロと鎖を纏い、顔全体に痛々しい赤い痣のある──自分よりもはるかに幼い少女だった。 彼女の出現と同時に好き勝手騒いでいたごろつきたちは静まり返り、海を割ったかのように通り道が開く。 ──まるで小さな彼女を畏れているかのように。 「我らがリーダーがそ奴を呼んでいる、早く運べ」 「はいはーい」 「ま、待て……私は……」 バーバとは地面に横たわる少女をちらりと確認し、意味もなくはしゃぎ回る青年を小突くと鞄を持って歩き出す。 どこへ行くのか、お前は誰だと聞く時間もなく少女の身体を浮遊感が支配する……青年に担がれたのだ。 「降ろせ、降ろせって──っ⁉」 「早く行くぞ」 「わー! バーバは怖いね〜すぐ呪言使うんだもん」 唯一動く口で下ろすように文句を言っていた少女が煩わしかったのか、先頭を行く幼女が再度何かを呟くと唇が縫われたみたいに言葉が途切れる。 逆に反抗的な少女の様子を気に入ったのか青年は彼女を再度担ぎなおすと廊下の奥へと走り去っていった。
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「……」 「ようこそ、『ミズガルズ図書館実働隊』へ! 手狭だがゆっくりして行ってくれや」 かくして、少女が連行された先はミズガルズ図書館本館より遠く離れた棟だった。 作りは他の住居棟と変わらないものの、緑の植物に囲まれた黒い石材むき出しの床と白いモルタルの壁。 こじんまりとした建物にミズガルズの威厳は感じられず壁に掛けてある紋章だけがミズガルズ図書館の所属である事を示しているといっても過言ではない。 「この毒……オイ! バッディまたやりやがったのか!」 「だってその子が襲ってきたも~ん、誘われただけです~」 「どうせまたケツでも触ったんだろ」 「なんで分かったし!」 「相変わらずの節操無しめ、教会を破門されたのも当然と思えるな」 「いいもん! オレちゃん破門されても気にしてないし☆」 ──騒ぎながら傷の手当てや解毒を施してくる彼らを憤然とした表情で睨みつけつつも、少女は改めて周囲の様子を観察してみる。 『ミズガルズのハイエナ』『調査隊の残飯漁り』『後始末担当』などと呼ばれ、その仇名の通り野蛮で残忍だと聞いていた実働隊の姿はそこにはない。 ガタイの良い大男が注意しても外套の青年はヘラヘラと笑い、奥で銃の手入れをしている少年は呆れたようにため息をつきつつも大男の説教に加勢し、無口だった痣のある少女ですら表情を綻ばせながら古めかしい言葉遣いで和気藹々としている。 ……それは教室で友人と語らうミズガルズの学生と何ら変わらない、少女がこれまで避けてきた姿であった。 見知らぬ人間と目の前の光景を見ていられなくなった少女は黙って床を見つめていたが、やがて治療が終わると勢いよく立ち上がった。 「あの、私は──」 「お前の事は上から話を聞いてるから割愛するとして、まずは俺たちの自己紹介だな」 「俺はサヴァ・カーン。実働隊隊長をやらせてもらっている。冒険者だとシノビだな、ま、親愛をこめてサバカンとでも呼んでくれや」 「シノビ……」 「シノビを知らねぇのか? 東の国のエージェントみたいなもんだ……まぁ純正じゃねぇが、そこは目を瞑ってくれや」 このナリでも隠密は得意なんだぜ、とシノビの大男……『サヴァ・カーン』は頭巾越しにも分かるほどの快活な笑みを浮かべた。 「んでオレちゃんはバッディ! 元は祓魔師やってたんだけど色々あって今はミズガルズ図書館のお世話になってんの☆ んでナイトシーカーも兼業、さっきのキミみたいに弱った相手をヤッちゃうのが得意なんだ~☆」 「!」 不意に後ろから軽薄な声が響き、十字の短剣が首筋に当たった少女の脳裏に先ほどの乱闘が蘇る。 無意識に身を震わせてながらも眼球だけを動かして様子をうかがおうとする少女の姿にご満悦の外套の青年……『バッディ』は身体を大きく逸らせて一人ソファに座る幼女を呼んだ。 「んであの子が……」 「我は悪逆たる呪術師バーバ・ヤーガの名を継ぐ者。鈴の囀りは精神を侵し、人の理を言葉で弄ぶ……さぞ悍ましかろう?」 「あー、コイツはバーバ・ヤーガ……っていう呪術師の弟子、襲名性なんだとよ。子供だがカースメーカーとしては十分戦力になる」 少女は背後のバッディを振り払うと赤痣の幼女……『二代目バーバ・ヤーガ』の方を向く。 先ほどの狼藉に顔をしかめている少女とは対照的に金色のアミュレットをいじっていたバーバ・ヤーガは面白いものが見れたと幼女らしからぬ|しゃがれた《﹅﹅﹅﹅﹅》笑い声を上げて口角を歪めた。 「……俺はキッド。ガンナー」 「ちょっとキッドくーん☆ 『ガンナー』だけじゃあの子分かんないかもよ?」 「図書館出身なら銃くらい見たことあるだろ」 残ったのは部屋で一番奥の青年……『キッド』と名乗ったガンナーは少女を一瞥すらしなかった。 机の上には手入れ道具と共に様々な種類の銃が置かれそれらの整備に精を出しているようだった。 ……シノビ、ナイトシーカー、カースメーカー、ガンナー。 『実働隊』なら妥当な称号だ、と少女は眉をひそめた。 ミズガルズ図書館の調査隊は、大半が冒険者として現地調査に当たる。 そのため調査隊選抜の際には現地の冒険者の職業に合わせた呼び名……『称号』を貰う。 パラディンやメディックは定番かつ人気だが……その理由は『手を汚すことが少ない』からだ。 いくらミズガルズの名を背負っているとはいえ誰が好き好んで暗殺や謀略をやりたいと思うだろうか、せっかく調査隊に選ばれたのに日陰にいたいと思うだろう? ──誰が自分の称号に『人殺し』などと名付けられたがるだろうか。 実働隊に回復役がいないのもそういう事なのだろう。 「よし、今日からお前のコードネームは『新入り』な!」 「……はぁ⁉」 少女を現実に引き戻したのはサヴァ・カーンのとんでもない発言だった。 名前は知っているはずなのに、男は人名ですらない単語を少女の呼び名に割り当てたのだ。 さながらペットに名前でも付けるかのようなセンスに少女は目を白黒させていたが即座に怒りのまま地団太を踏んで抗議する。 ミズガルズのハイエナに無理やり配属された上にこの仕打ち、|はらわた《﹅﹅﹅﹅》が煮えくり返りそうな少女とは対照的に実働隊の面々は各々荷物をまとめ始めた。 一体彼らは何をしているのか、と困惑する少女の視界にふと一枚のビラが入る。 ──そこには「絶海の孤島レムリアへの冒険! 勇猛なる冒険者求む!」という大きな文字と世界樹、そして空を飛ぶ船のような挿絵があった。 「……絶海の孤島レムリア?」 「今回のミッションはレムリア島への潜入。目ぼしい物は全部掻っ払ってこい、だそうだ。んじゃお前ら準備開始! 出発は三十分後だ!」 「えっ⁉」 合図とともに実働隊のフロアは新人お披露目ムードから出発準備の慌ただしい雰囲気に切り替わった。 ある者は荷袋を取りに二階の自室へ走り、またある者は装備のチェックを行う。 ……そんな異様な現場でただ一人、少女だけが突然遠征を告げられ最低限の情報だけしか知らないまま放置されていた。 「ちょ、私からも質問させろよ⁉」 「すぐにでも出発しないと間に合わなくなるらしいから、後でね新入りちゃん☆」 「その──」 「数ヵ月の準備をしておくが良かろう、この一件は大きくなる」 「あ」 「邪魔だ」 「……」 強引に決めつけられ、感情を受け流され、お節介を焼かれ、冷たくあしらわれる。 実働隊の反応が少女の腹の中で煮えるように渦を巻いて熱く冷たい鉛のように居座る。 ……何故私はこんな所にいるのか、どうして私がこんな目に遭わなければならないのか。 ……答えは誰も出してくれない。 黒髪の少女……新入りはビラをぐしゃぐしゃに丸めてポケットに突っ込むと、割り当てられた自室を拝む事すら許されずその場で鞄の中身を整頓し始めたのだった。
あとがき
SQXのギルド『ミズガルズ実働隊』のプロローグだよ、時系列的にはストーリー開始前。 この後ミズガルズ図書館近場の街(学園都市)にマギニアが停泊するのでそれに乗船→本編開始につながるよ。 ただ理由が理由なのでミズガルズ図書館が乗船することはマギニア側には伝えてない設定。 ちなみに新入りの同機には新2主人公とフラヴィオがいるという設定なので選抜教授はあの教授です。 長年の冷遇で卑屈になった新入り視点なので少し悪役になってしまったのは申し訳ない…… 最終的に新入りちゃんの『称号』はマギニアの冒険者ギルドで実働隊メンバーやミュラーに選んでもらいソードマンになるよ。 原初の女神(ヨルムンガンド)とかミズガルズ図書館の実働部隊とか独自設定ばっかり出したけどちょっと後悔してる……説明苦手なのにどうして人は設定を持っちゃうのか (新世界樹の迷宮シリーズのグングニルとかファフニールとかの独自設定が好きでつい…) ちなみに実働部隊本部の外観は:Convento Inn & Artist Residency(ポルトガルの民宿)をイメージしているよ。