旗を揚げよ!

アルゴノーツ:プロローグ

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ペルセフォネ・マギニアスは長旅の眠気を覚まそうと一人艦橋に足を踏み入れていた。 冷たい窓の外は相変わらず雷鳴と暗雲ばかりの景色で、そんな白黒の景色が廊下一面に延々と続いているのだから自然と気分が沈むのも仕方のないことだろう。 彼女の頭には先代の王……父の残した最後の言葉が何度も頭を過っていた。 『必ず、レムリアの秘宝を……』 偉大なる王の晩年は老人としても為政者としても、なんとも慌ただしいものだった。 王家の古文書を解読できる学者を先導に死の間際まで国を思って行動した結果、病に倒れそのまま彼は隠れてしまった。 今際には疲労と老いによる高熱で錯乱し我が子の顔すら分からなくなっても最後に残した言葉は国を思っての言葉だった。 ……その人を思うと女性の指に自然と力が入る。 王の命として、彼の子として、なんとしても『国を永遠に繁栄させる秘宝』を手に入れ父の無念を晴らしたい。 そう願った王の一人娘に民が呼応したのは先王への忠誠か孤独な姫への哀れみか、それとも自分たちの住処を守るためか。 硝子に当たる雨粒が感覚や思考を鋭く深く尖らせる、その時だった。 「すっげぇ空だよな!」 突然大きな声が隣から聞こえたペルセフォネはびくりと肩を跳ねさせる。 勢いよく振り返るといつの間にか隣に立っていた緑髪の青年も驚き青い瞳を丸くして半歩後ろに下がった。 幼い顔つきをした青年は体格は良さそうだがその足取りは揺れる船内の中で何度も転びそうになり、 雷光を浴びてキラキラと輝く傷一つない派手な武具に赤いマントはどこからどう見ても役人にも衛士にも見えない。 ペルセフォネが固まっていると青年は彼女を怖がらせたとでも思ったらしく、両手を上げてひらひらと振って何も持っていないことを大げさな動作で示してきた。 ……暗器を仕込んだ時特有の音もしない、武器を持っていないのは本当のようだ。 「……見た所、我が兵ではあるまい。何者か?」 ペルセフォネのいぶかしげな視線と鋭い声にやっと状況を理解したのか、青年は不敵に口角を上げると自信満々に自分の胸を指差した。 「オレか?オレはオルヴェ!英雄になる男だ!」 突然艦橋に現れた青年……オルヴェはペルセフォネに向かって胸を張って宣言する。 鼠一匹いない静寂の艦橋、しかも相手は名前も素性も知らぬ見知らぬ女性だけ。 なのにオルヴェはまるで大衆に向かって自己紹介するかの如き大声と勇ましい態度でふんす!と胸を張っている。 ……あまりにも元気で能天気な態度を見ていると、ペルセフォネの口から思わず陽気な空気が漏れだした。 「あ……」 「なんだよ、笑うなよー!!オレ本気で英雄になるためにこの船に乗ってるんだからな!?」 「すまない、つい気が緩んでな。だがやる気があるのは良いことだ、オルヴェ」 ペルセフォネが噴き出した途端に、あれだけニコニコしていたオルヴェは不機嫌そうに眉をひそめて唇を尖らせる。 子供のような犬のような……青年のあまりにも分かりやすい態度にペルセフォネは再度こみあげてくる笑みを抑え込んで弁明してやる。 すぐに彼女には悪意がないと理解したのかオルヴェは機嫌を直し、改めて彼女の隣から窓の外を眺め始めた。 「ところでお姉さんは誰?オレと同じ冒険者なのか?」 「そうだ、冒険者だ。少し船内を散歩中でな」 「オレと同じじゃん!お互い頑張ろーぜ」 ペルセフォネが『冒険者』だと名乗ったことで親近感がわいたのか、オルヴェは年相応の笑みを浮かべて親指を立てると隣に並んで窓の外を眺め始めた。 初対面だというのに青年はまるで旧知の仲を相手にしているような雰囲気でペルセフォネに話しかけてくる。 姫という立場を知らないことを加味しても、その態度はとても人懐っこいものだった。 「オレたちが今向かってるレムリア島って物凄いお宝が隠されているって話なんだけど、本当なのかな?」 「……レムリア島は荒れ狂う波と永遠の嵐に囲まれ、その中央にそびえる巨大樹の麓にレムリアの秘宝が眠っている、という言い伝えがある。それが正しければだがな」 身体を手すりに預けて外を眺めているオルヴェとは対照的に、ペルセフォネは自分に言い聞かせるように小さく呟いてペルセフォネは窓の外を見つめた。 相変わらず硝子一枚隔てた先は地獄のようなありさまだったが、雲への突入当初に比べれば幾分か雨が和らいだ気もしなくもない。 ……だが、この期に及んでもこの嵐の先に本当にレムリア島があるのかは分からないのだ。 先代の王はすでにおらず、頼みの綱の学者もレムリア載記の全文を解読する前にいつの間にかどこかへ失踪してしまった。 この先に何もなければその全責任はペルセフォネが負うことになる、父祖が築き上げてきた歴史をたった一度の間違いで無に帰してしまうのだ。 ふと、手の甲に温もりを感じ視線を落とすとペルセフォネの固く握りしめられた手の上にオルヴェの手がそっと置かれていた。 心配そうな顔をした青年の手は白むほど力の入った彼女の指をほぐすようにわずかに軽く握られており、目を合わせると彼はどこか優しく顔を綻ばせて力強く頷いてきた。 「嵐も荒波もあったってことはレムリアの秘宝も絶対あるはずだ!」 「……ああ、そうだな」 当然のことのようにオルヴェはレムリアの秘宝があると肯定した。 たったそれだけなのに、ペルセフォネの目の前の霧が晴れたように感じるのは彼の手の温かさのせいだろうか。 ペルセフォネは目を細めると少しの沈黙の後、オルヴェの手を包むようにその上に手を乗せた。 すると青年はいたずらっぽく笑ってまたその上に手を乗せてきた、これではなんの為なのか分からないぞと指摘してやると青年は満面の笑みで笑いだし、ペルセフォネも釣られて頬を緩ませた。 「さて……そろそろ面白いものが見れるはずだ、もう少し前に来い」 「え?どれだ?」 ペルセフォネが一歩前に出るとオルヴェも同じように窓に近づく。 舞台の幕が上がるように窓の外の雲が黒色から白色へ変わり始めたと思った瞬間、一面の光が艦橋のガラスから降り注いだ。 オルヴェは思わず目を覆いそうになるが光は白から青へ、通気口から流れていた暗く湿った匂いは一瞬にして掻き消え、 ガラスを殴りつけていた雨の音は笛のように軽やかな風切り音へと変わる。 マギニアがぐんぐんと雲を抜けていく度に青が濃く鮮明に浮き上がり、比例するようにオルヴェの青い瞳も輝き出す。 窓の外では突然現れたマギニアに驚く海鳥たちが矢のように飛び交い、やがて青と白の景色の果て星のような青眩い光がチラリと瞬きその全貌が露わになる。 ……見えたのは久方ぶりの大地の緑、その中央にまるで島の長のように堂々と佇む巨大樹が有った。 「あれが……世界樹!!」 「見えたか、あの大樹の麓に我らの追い求めるレムリアの秘宝が眠っているのだ」 雲を切り裂いて無限に続く青の先にあったのは、世界樹と呼ばれる巨大樹をゆりかごのように包んでいるレムリア島だった。 オルヴェは艦橋から落ちそうなほどに身を乗り出して世界樹を眺めていたが、彼以上にペルセフォネは歓喜に打ち震えていた。 見つけるだけが目的でないことを彼女は理解していた。 だが自国の希望である秘宝の眠る島は泣き叫びたくなるほどに美しくて、これ以上感情が溢れ出さないように両手をキツく結んで正面を見据えていた。 やがて窓から見える景色も青から緑や茶色が多くなり、数分もしない内に空翔ける船は母なる大地の上に降り立った。……ここからが正念場だ。 ペルセフォネが着陸の衝撃で転んだ青年を起こしていると、幼い頃より聞き慣れた黒い鎧の足音が近づいてきた。 「…姫、こちらでしたか。無事到着しましたので──おや、その者は?」 「こんにちは、オレはオルヴェっていいます!」 ペルセフォネが答えるよりも早くオルヴェは首をかしげる黒い鎧の男……ミュラーに向かって挨拶した。 元気な珍客の姿に表情を変えぬまま戸惑っていたミュラーにペルセフォネがそっと目配せをしてやると、彼は会得したようにオルヴェをまじまじと見つめる。 キラキラと輝く青い瞳と活力に溢れた表情、快活で度胸あふれる自己紹介は軍人気質のミュラーも心地よいらしく、やがて警戒を解くように目を細め深く頷いた。 ペルセフォネが内心胸を撫で下ろす中で、逆にオルヴェはミュラーを不思議そうに見つめながら口を開いた。 「なぁ、おっさんはこのお姉さんの仲間なのか?」 「仲間……ふふっ、そうだな。彼は私の大切な仲間であり信頼できる部下だ」 「ハハ、そうとも言えるな、少年。 私も姫にそう思って頂けたことに感謝しているよ」 冒険者脳丸出しの言葉にペルセフォネは思わず顔を綻ばせ、ミュラーも生真面目な彼女のユーモアに笑いを溢しつつも感謝を口にした。 「私はギュンター・ミュラー。このマギニアには軍人として乗り込んでいる、君が冒険者ならまたどこか出会うかもしれないな」 「へー……ミュラーさんっていうのか!その鎧カッコいいなぁ……!どこで手に入れたんだ、あ、ですか?」 「嬉しい質問だが私はこれから姫を連れて広場に向かわないといけないんだ、その答えはまたの機会でもいいかね?」 「オルヴェ、汝も広場に向かうといい」 広場と聞いた瞬間、それまで落ち着きのない犬のように騒いでいたオルヴェの動きが止まる。 「……どうかしたのかね」 広場で何かあったのか。思わず前に出たミュラーが肩を叩くと、オルヴェは内緒話をするような小声でぽつぽつと言葉をこぼし始めた。 「実を言うとオレ、その広場に行こうとしたんだけど街を進んでたら……何故かここにいて」 それでここに居たのかとペルセフォネとミュラーは心の中で合点し、微笑を浮かべる。 「広場の位置はこの艦橋をまっすぐ行って居住区で一番広い広場なのだが……」 「一番広い広場だな、分かったぜ!ありがとう!」 教えてやるとすぐに元気を取り戻したオルヴェは自信満々の表情で説明とは正反対の方向へ走り出していった。 ミュラーが大声で呼び止めてやったのでまた同じ轍を踏まずに済んだが、彼も何度も道を間違えているのを内心気にしているらしく重い足取りで戻って来る。 「このまま一人で行かせるとまた迷子になりそうだな。ミュラー、オルヴェに広場まで付き添ってやってくれ」 「ですが姫、私が護衛から離れるわけには」 ペルセフォネの立場からすれば護衛を減らす、しかも忠臣中の忠臣を選ぶのはあまりにも危険すぎる。 ミュラーの言うことも最もだったが、彼の口からオルヴェに対する警戒が出てこない時点で彼女の企みは同意されるのも同然だった。 だからペルセフォネはミュラーにだけ分かるように、年相応で少し誇らしげな顔をした。 「……折角の機会だ、彼には私の演説を特等席で見せてやろう」

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更新履歴

・2025/03/06:第3版 ・2024/12/03:第2版 ・2024/08/02:第1版