1
ペルセフォネ・マギニアスは長旅の眠気を覚まそうと一人艦橋に足を踏み入れていた。
冷たい窓の外は相変わらず雷鳴と暗雲ばかりの景色で、そんな白黒の景色が廊下一面に延々と続いているのだから自然と気分が沈むのも仕方のないことだろう。
彼女の頭には先代の王……父の残した最後の言葉が何度も頭を過っていた。
『必ず、レムリアの秘宝を……』
偉大なる王の晩年は老人としても為政者としても、なんとも慌ただしいものだった。
王家の古文書を解読できる学者を先導に死の間際まで国を思って行動した結果、病に倒れそのまま彼は隠れてしまった。
今際には疲労と老いによる高熱で錯乱し我が子の顔すら分からなくなっても最後に残した言葉は国を思っての言葉だった。
……その人を思うと女性の指に自然と力が入る。
王の命として、彼の子として、なんとしても『国を永遠に繁栄させる秘宝』を手に入れ父の無念を晴らしたい。
そう願った王の一人娘に民が呼応したのは先王への忠誠か孤独な姫への哀れみか、それとも自分たちの住処を守るためか。
硝子に当たる雨粒が感覚や思考を鋭く深く尖らせる、その時だった。
「すっげぇ空だよな!」
突然大きな声が隣から聞こえたペルセフォネはびくりと肩を跳ねさせる。
勢いよく振り返るといつの間にか隣に立っていた緑髪の青年も驚き青い瞳を丸くして半歩後ろに下がった。
幼い顔つきをした青年は体格は良さそうだがその足取りは揺れる船内の中で何度も転びそうになり、 雷光を浴びてキラキラと輝く傷一つない派手な武具に赤いマントはどこからどう見ても役人にも衛士にも見えない。
ペルセフォネが固まっていると青年は彼女を怖がらせたとでも思ったらしく、両手を上げてひらひらと振って何も持っていないことを大げさな動作で示してきた。
……暗器を仕込んだ時特有の音もしない、武器を持っていないのは本当のようだ。
「……見た所、我が兵ではあるまい。何者か?」
ペルセフォネのいぶかしげな視線と鋭い声にやっと状況を理解したのか、青年は不敵に口角を上げると自信満々に自分の胸を指差した。
「オレか?オレはオルヴェ!英雄になる男だ!」
突然艦橋に現れた青年……オルヴェはペルセフォネに向かって胸を張って宣言する。
鼠一匹いない静寂の艦橋、しかも相手は名前も素性も知らぬ見知らぬ女性だけ。
なのにオルヴェはまるで大衆に向かって自己紹介するかの如き大声と勇ましい態度でふんす!と胸を張っている。
……あまりにも元気で能天気な態度を見ていると、ペルセフォネの口から思わず陽気な空気が漏れだした。
「あ……」
「なんだよ、笑うなよー!!オレ本気で英雄になるためにこの船に乗ってるんだからな!?」
「すまない、つい気が緩んでな。だがやる気があるのは良いことだ、オルヴェ」
ペルセフォネが噴き出した途端に、あれだけニコニコしていたオルヴェは不機嫌そうに眉をひそめて唇を尖らせる。
子供のような犬のような……青年のあまりにも分かりやすい態度にペルセフォネは再度こみあげてくる笑みを抑え込んで弁明してやる。
すぐに彼女には悪意がないと理解したのかオルヴェは機嫌を直し、改めて彼女の隣から窓の外を眺め始めた。
「ところでお姉さんは誰?オレと同じ冒険者なのか?」
「そうだ、冒険者だ。少し船内を散歩中でな」
「オレと同じじゃん!お互い頑張ろーぜ」
ペルセフォネが『冒険者』だと名乗ったことで親近感がわいたのか、オルヴェは年相応の笑みを浮かべて親指を立てると隣に並んで窓の外を眺め始めた。
初対面だというのに青年はまるで旧知の仲を相手にしているような雰囲気でペルセフォネに話しかけてくる。 姫という立場を知らないことを加味しても、その態度はとても人懐っこいものだった。
「オレたちが今向かってるレムリア島って物凄いお宝が隠されているって話なんだけど、本当なのかな?」
「……レムリア島は荒れ狂う波と永遠の嵐に囲まれ、その中央にそびえる巨大樹の麓にレムリアの秘宝が眠っている、という言い伝えがある。それが正しければだがな」
身体を手すりに預けて外を眺めているオルヴェとは対照的に、ペルセフォネは自分に言い聞かせるように小さく呟いてペルセフォネは窓の外を見つめた。
相変わらず硝子一枚隔てた先は地獄のようなありさまだったが、雲への突入当初に比べれば幾分か雨が和らいだ気もしなくもない。
……だが、この期に及んでもこの嵐の先に本当にレムリア島があるのかは分からないのだ。
先代の王はすでにおらず、頼みの綱の学者もレムリア載記の全文を解読する前にいつの間にかどこかへ失踪してしまった。
この先に何もなければその全責任はペルセフォネが負うことになる、父祖が築き上げてきた歴史をたった一度の間違いで無に帰してしまうのだ。
ふと、手の甲に温もりを感じ視線を落とすとペルセフォネの固く握りしめられた手の上にオルヴェの手がそっと置かれていた。
心配そうな顔をした青年の手は白むほど力の入った彼女の指をほぐすようにわずかに軽く握られており、目を合わせると彼はどこか優しく顔を綻ばせて力強く頷いてきた。
「嵐も荒波もあったってことはレムリアの秘宝も絶対あるはずだ!」
「……ああ、そうだな」
当然のことのようにオルヴェはレムリアの秘宝があると肯定した。 たったそれだけなのに、ペルセフォネの目の前の霧が晴れたように感じるのは彼の手の温かさのせいだろうか。
ペルセフォネは目を細めると少しの沈黙の後、オルヴェの手を包むようにその上に手を乗せた。
すると青年はいたずらっぽく笑ってまたその上に手を乗せてきた、これではなんの為なのか分からないぞと指摘してやると青年は満面の笑みで笑いだし、ペルセフォネも釣られて頬を緩ませた。
「さて……そろそろ面白いものが見れるはずだ、もう少し前に来い」
「え?どれだ?」
ペルセフォネが一歩前に出るとオルヴェも同じように窓に近づく。
舞台の幕が上がるように窓の外の雲が黒色から白色へ変わり始めたと思った瞬間、一面の光が艦橋のガラスから降り注いだ。
オルヴェは思わず目を覆いそうになるが光は白から青へ、通気口から流れていた暗く湿った匂いは一瞬にして掻き消え、
ガラスを殴りつけていた雨の音は笛のように軽やかな風切り音へと変わる。
マギニアがぐんぐんと雲を抜けていく度に青が濃く鮮明に浮き上がり、比例するようにオルヴェの青い瞳も輝き出す。
窓の外では突然現れたマギニアに驚く海鳥たちが矢のように飛び交い、やがて青と白の景色の果て星のような青眩い光がチラリと瞬きその全貌が露わになる。
……見えたのは久方ぶりの大地の緑、その中央にまるで島の長のように堂々と佇む巨大樹が有った。
「あれが……世界樹!!」
「見えたか、あの大樹の麓に我らの追い求めるレムリアの秘宝が眠っているのだ」
雲を切り裂いて無限に続く青の先にあったのは、世界樹と呼ばれる巨大樹をゆりかごのように包んでいるレムリア島だった。
オルヴェは艦橋から落ちそうなほどに身を乗り出して世界樹を眺めていたが、彼以上にペルセフォネは歓喜に打ち震えていた。
見つけるだけが目的でないことを彼女は理解していた。
だが自国の希望である秘宝の眠る島は泣き叫びたくなるほどに美しくて、これ以上感情が溢れ出さないように両手をキツく結んで正面を見据えていた。
やがて窓から見える景色も青から緑や茶色が多くなり、数分もしない内に空翔ける船は母なる大地の上に降り立った。……ここからが正念場だ。
ペルセフォネが着陸の衝撃で転んだ青年を起こしていると、幼い頃より聞き慣れた黒い鎧の足音が近づいてきた。
「…姫、こちらでしたか。無事到着しましたので──おや、その者は?」
「こんにちは、オレはオルヴェっていいます!」
ペルセフォネが答えるよりも早くオルヴェは首をかしげる黒い鎧の男……ミュラーに向かって挨拶した。
元気な珍客の姿に表情を変えぬまま戸惑っていたミュラーにペルセフォネがそっと目配せをしてやると、彼は会得したようにオルヴェをまじまじと見つめる。
キラキラと輝く青い瞳と活力に溢れた表情、快活で度胸あふれる自己紹介は軍人気質のミュラーも心地よいらしく、やがて警戒を解くように目を細め深く頷いた。
ペルセフォネが内心胸を撫で下ろす中で、逆にオルヴェはミュラーを不思議そうに見つめながら口を開いた。
「なぁ、おっさんはこのお姉さんの仲間なのか?」
「仲間……ふふっ、そうだな。彼は私の大切な仲間であり信頼できる部下だ」
「ハハ、そうとも言えるな、少年。
私も姫にそう思って頂けたことに感謝しているよ」
冒険者脳丸出しの言葉にペルセフォネは思わず顔を綻ばせ、ミュラーも生真面目な彼女のユーモアに笑いを溢しつつも感謝を口にした。
「私はギュンター・ミュラー。このマギニアには軍人として乗り込んでいる、君が冒険者ならまたどこか出会うかもしれないな」
「へー……ミュラーさんっていうのか!その鎧カッコいいなぁ……!どこで手に入れたんだ、あ、ですか?」
「嬉しい質問だが私はこれから姫を連れて広場に向かわないといけないんだ、その答えはまたの機会でもいいかね?」
「オルヴェ、汝も広場に向かうといい」
広場と聞いた瞬間、それまで落ち着きのない犬のように騒いでいたオルヴェの動きが止まる。
「……どうかしたのかね」
広場で何かあったのか。思わず前に出たミュラーが肩を叩くと、オルヴェは内緒話をするような小声でぽつぽつと言葉をこぼし始めた。
「実を言うとオレ、その広場に行こうとしたんだけど街を進んでたら……何故かここにいて」
それでここに居たのかとペルセフォネとミュラーは心の中で合点し、微笑を浮かべる。
「広場の位置はこの艦橋をまっすぐ行って居住区で一番広い広場なのだが……」
「一番広い広場だな、分かったぜ!ありがとう!」
教えてやるとすぐに元気を取り戻したオルヴェは自信満々の表情で説明とは正反対の方向へ走り出していった。
ミュラーが大声で呼び止めてやったのでまた同じ轍を踏まずに済んだが、彼も何度も道を間違えているのを内心気にしているらしく重い足取りで戻って来る。
「このまま一人で行かせるとまた迷子になりそうだな。ミュラー、オルヴェに広場まで付き添ってやってくれ」
「ですが姫、私が護衛から離れるわけには」
ペルセフォネの立場からすれば護衛を減らす、しかも忠臣中の忠臣を選ぶのはあまりにも危険すぎる。 ミュラーの言うことも最もだったが、彼の口からオルヴェに対する警戒が出てこない時点で彼女の企みは同意されるのも同然だった。
だからペルセフォネはミュラーにだけ分かるように、年相応で少し誇らしげな顔をした。
「……折角の機会だ、彼には私の演説を特等席で見せてやろう」
2
「ミュラーさん、広場まで案内してくれたのは嬉しいけど……ここどこなんですか?」
「関係者用の席だ、大人しくしておいてくれよ」
迷子になりかけていたところをミュラーに回収されたオルヴェは、彼に連れられ広場へと向かっていた。
連れてこられた広場より少し高くて堅苦しい全身鎧や式典用の服を着込んだ見知らぬ大人ばかりであり、冒険者は少し遠くて低い広場に集められていた。
……多分あそこが本来オルヴェが居るべき場所なのだろう。
ミュラーには大人しくと言われたがオルヴェが目だけを動かして周囲を見渡していると、正面に位置する壇上に先程の女性が登って広場の端から端までを見下ろす。
それから女性は大きく息を吸い、空気に意味を含ませて解き放った。
……その姿は艦橋で見た凛々しさの中に憂いをはらんだ雰囲気とはまるで別人だった。
「エトリア、ハイ・ラガード、アーモロード、タルシス。 世界全土の樹海より集いし勇者たちよ!
今より我らは前人未踏の大地へ挑む。 互いに名も知らぬ冒険者なれど、未知なるものへ挑む心を持つ同志と思え!」
空色のマントを翻して歩く様は勇者のよう、立ち姿はまるで一国の女王のように堂々としていた。
ちらりと見えた凛々しい横顔は先程までの何処か寂しげな雰囲気を一切消し去り、空色の瞳は鋭く輝き強い力を感じさせる光があるのだ。
それまでにわかに騒ぎ立っていた広場は女性の凛とした声が響くやいなや即座に静まり返る。
長旅の間に忘れかけていた富や名誉という目的を思い出したからか、はたまた眼前に広がる未知の迷宮という冒険者の本能を目の当たりにしたからか。
「目指すは大いなる世界樹の謎、古代文明レムリアが残した伝説の秘宝。
汝らの求める富や名誉、あるいは未知なる冒険そのものがそこに眠っているのだ!」
「カッコいいなぁ……」
無意識の内に身を乗り出して演説に聞き入っていたオルヴェは光景を目に焼き付けるように見入っていた。
……もしかすると彼らもオルヴェと同じく女性の言葉から滲み出る言葉の力に圧倒されているのかもしれない。
「…ところであれは君の知り合いではないかね?」
「へ?知り合い?」
「先ほどから姫ではなく君の方を見ているから気になってな」
知り合い、厳格そうな男にしては少し珍しい話題に夢見心地から戻って来たオルヴェは首を傾げつつも生返事を返す。
正面では名も知らぬ冒険者たちが演説に聞き入っており、 多少雑談をしたり遠巻きに聞いている者はいても衛兵に囲まれ武人や役人が座っているだけの観覧席を気にする者はいない。
オルヴェが首を伸ばして冒険者たちに目を凝らしていると、不意に見慣れたオレンジ色が目に入った。
目と目が合った瞬間、こげ茶のローブを身にまとった少女は整った顔が台無しになるような驚愕の表情を浮かべて他の三人に何かを伝えているようだが観覧席からは聞こえない。
鎧を着た青年は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい少女を宥め、白髪褐色の青年の方は相も変わらず肩をすくめたニヒルな笑みでこちらを見ていたし、青年の腕にくっついて離れない白髮の少女は仲間と周囲の冒険者とオルヴェを交互に見ながら不安そうに眉を八の字にしていた。
不審な挙動をする四人組は間違いなくオルヴェの良く知る幼馴染たちであり、この冒険について来てくれた冒険者たちだった。
「……あいつらっ!」
オルヴェは前のめり気味になって仲間たちを見下ろす。
はぐれてしまった彼らと再会したことは何よりもうれしいはずなのに、今になって一人見知らぬ街を歩いていた寂しさが膨らんできた。
だがそれも過去の事、オルヴェは仲間を見つけてくれたミュラーに軽く会釈すると改めて背筋を伸ばした。
オルヴェたちにひと悶着あった間にも演説を続けていた女性は一度言葉を止め、そして息継ぎをするように開かれた碧眼に再度世界樹が映しだされた。
「私はマギニア探索司令部の長、ペルセフォネ・マギニアス。 司令部は汝ら冒険者を常に見守り、必要な援助を行うと約束しよう」
「あ、あの、あのお姉さんってお姫様だったのか!?」
ペルセフォネ姫の名乗りで広場が歓声に包まれた瞬間、オルヴェは椅子から転げ落ちた。
だが即座にオルヴェは首を振ると椅子から転げ落ちた腰を庇いながら飛び上がり、ほくそ笑んでいるミュラーを小声で問い詰めた。
「何であの人がペルセフォネ姫だって教えてくれなかったんですか!?」
「何分姫は多忙の身でな、考え合っての事だろう」
「いま口から心臓飛び出るかと思ったんですよ……!!」
自分が先ほどまでお喋りしていた相手がマギニアの指導者……要はこの船で一番偉い人間だと本人から知らされたのだから無理もない。
語気は少し荒いが怒りよりも好奇心や驚きが強いのかオルヴェは言葉もそこそこに、自然とペルセフォネ姫を……その先にある巨大な世界樹を真剣な眼差しで見据えていた。
(色々あったけど……もしかして、最初にペルセフォネ姫と会えたのは何か良い事がある予兆なのかも!)
世界最後の秘境と呼ばれた孤島はあらゆる願いと欲望を抱く揺りかごのように大口を開けて獲物を待っている。
オルヴェは幼い頃より胸いっぱいに詰め込んだ憧れを叶えるために、冒険者たちはまだ見ぬ景色を目指し、夢と死の迷宮へ飛び込まんとする。
……ペルセフォネは自身の背後で起きていた事象を未だ知ることなく、ただ彼女のどこまでも透き通り蒼天を貫くような声だけが冒険の始まりを告げた。
「冒険者たちよ!己が誇りを胸に秘め、いざ進むのだ!」
3
ペルセフォネの演説が終わってから数十分、オルヴェは衛兵に連れられて冒険者ギルドに足を踏み入れていた。
……一応一人でも行けると何度か断ったのだが、念には念をとミュラーに押された末に衛兵に連れてきてもらったのだ。
衛兵隊が十五は余裕で入れそうな大きな石造りの建物は外から中までギルドを結成したい冒険者たちで埋め尽くされ、 並ばせようとする衛兵たちもあまりの人数に手探り状態であった。
ここまで連れてきてくれた衛兵が人間の海のような光景に絶句している中、オルヴェは腕まくりをすると冒険者の群れの中に飛び込んだ!
人間をかき分け、一人ずつ顔を確認し、やっと見つけた行列の先頭でオルヴェを待っていたのは大切な幼馴染たちであった。
「一人で勝手にどこかに行って!オルヴェを探すのはいつもあたしたちなのよ!?」
「あー……アリシア、みんな」
オルヴェの姿に気が付いたアリシアは赤くなっていた目を途端に猛禽類のように鋭くして母親のように迫り来る。
そして逃げようとするオルヴェのマフラーを引っ掴んで捕らえると少女の激しい糾弾が始まったのだ。
顔を真っ赤にして怒り狂う少女と怒られた犬のように身を逸らす青年の姿は娯楽好きな冒険者たちにとって恰好の的で、ギルド中の視線がオルヴェに注がれる……大変居心地が悪い。
「室内に避難しろってアナウンスがあったのにどこにもいないんだから!」
「大丈夫だったからそんなに怒るなよ、それに”勝手にいなくなる”のはお前らの方だろ?」
「”勝手にいなくなる”のはオルヴェなの!!」
オルヴェはアリシアの剣幕に少したじろぎながらも理由を述べるが、口答えは許さないといわんばかりに胸を細い指が何度も何度も突かれる。
幼いころから無鉄砲な幼馴染に振り回されている彼女にとって、青年の中身のない言い訳は火に油を注ぐ結果にしかならない。
「嵐に吹っ飛ばされたかと思ったじゃない!あなたがどこにもいないからみんな必死になって探したらまさかあんな場所に居るなんて……!!」
「いやだってあれは姫さまの厚意で」
「何が『だって』よ!?自分で冒険に誘っておいて勝手にいなくなるなんて信じられない!」
「うひぃ!?悪かったって!ああ!お前らも、ミュラーさんも笑ってないで何とかしてくれよぉっ!」
「ハッハッハッ、仲の良いことは微笑ましいものだ」
「謝ってるじゃないか!もう許してくれよアリシアぁ!!」
最早堪忍袋の緒が切れたアリシアに何を言っても無駄な抵抗であり、オルヴェは助けを求めながら髪と耳を掴まれ冒険者ギルドの個室へと連行されていった。
「オルヴェくん大丈夫かなぁ……」
「これはしばらく収まらなさそうだな、宿でも探しとくか」
荒ぶる幼なじみたち、そして傭兵ながらまだ幼さを残すいとこの少女……イリスを見ていた白髪の青年……ヴィーザルは肩をすくめ呆れを口に出す。
まさかアリシアがあそこまでキレるとは思わなかったが、どちらにせよせっかく数千人はいる冒険者たちの先頭を取れたのにすべて水の泡だ。
この落とし前をどう親友オルヴェに付けさせてやろうかと悪い笑みを浮かべるヴィーザルとは対照的に、イリスは大人数とアリシアたちの事が気になっているのかちっちゃくなって二人にくっついていた。
「アリシアちゃん大丈夫かな、オルヴェくん探してた時は泣いてたけど……オルヴェくんと仲直りできるよね?うーちゃん?」
「おいてめぇ、その名前で呼ぶなって言ってるだろ」
「まぁまぁ……仕方がないですが並び直しですね、お先にどうぞ」
「いいのか?ありがとう!」
……今回のお説教は長引きそうだ、と幼馴染のオルヴェの無事を祈りつつ茶髪の青年……エドは自分たちの後ろに並んでいた冒険者の一団に先を譲って袖に捌けてやる。
譲られた冒険者は表情をわっと明るくしエドに握手をすると机の上の登録用紙と羽ペンを手に取った。
それを皮切りに集っていた冒険者たちは本来の目的であるギルド登録のため各々列に並んだり募集のための用紙を取りに行ったりと、冒険者ギルドは瞬く間に騒がしくなった。
4
そして、マギニアがレムリア島の探索を始めて一週間が経過した。
「……はぁ、つまんねぇな」
『はじまり島』と名付けられた島でヤギや羊たちがのんびりと草を食んでいる中、死んだ目のオルヴェはヤギと無邪気に戯れるイリスたちを眺めていた。
……冒険者ギルドでの一件の後、なんとか全員から今回の件を許されたオルヴェは遂にギルド『アルゴノーツ』を結成した。
マギニアに乗船するずっと前から考えていた、英雄たちの乗る船の名を冠したギルドはその名の通り結成当初から目覚ましい活躍を繰り広げ……る事は無かった。
というのもマギニアでは司令部に認められ仕事を任せられるためにはそれなりの実績と経験が必要らしく、 何の功績も無い若者の集まりであるアルゴノーツに出来る事といえば、精々ミュラーが薦めてくれた彼の昔馴染みの店主が経営するクワシルの酒場でクエストを受けて少しずつ評価を上げるくらいだった。
……そこに来る依頼も庭の草むしりや掃除の代行、果てには酒場の手伝いといった冒険者でなくても出来るものばかりだったのだが。
お陰で今のオルヴェは剣よりもじゃがいもの皮を剥くのが上手くなってしまったし、アリシアに至っては料理以外にも店の経理を担当させられている。
「平和で良いじゃないですか」
「でもよ未踏の島だぜ!?もっとこう……手に汗握る戦いとか、魔物との死闘とかさ!」
勢いよく起き上がったオルヴェは慣れた手つきで子ヤギにミルクをやっているエドを叱りつけると、そのまま手に持った木の枝をぶんぶんと振り回し始めた。
当初は初めての屋外クエストということで一週間ぶりの草と土の匂い、 それからヤギの手触りに大はしゃぎしていたオルヴェだったが数分経てば飽きて草原に身を投げだして水平線を眺めていた。
仲間たちもしばらくは何を考えているのか微妙に分からないヤギたちを観察していたのだが、アリシアは小高い石の上に座って図書館から借りてきた占星術の本を読み始め、ヴィーザルは親友であるオルヴェの近くで同じように座り込んでいる。
現在もヤギと進んで交流しているのは昔から動物好きなイリス、そしてひっきりなしに子ヤギに追い回されているエドだけだった。
「ま、昔からてめぇはそういうの好きだもんな」
「はぁ……どっかに戦い落ちてないかなぁ」
「戦いって落ちてるものなのかよ」
ヴィーザルはスリルと冒険を愛する親友の無鉄砲さに呆れながらも、暇で仕方がないオルヴェと軽口を飛ばし合っていた。
依頼主からは午後までヤギを放牧するように言われている。 一応天気が悪くなってきたらヤギたちをマギニアへしまう必要があるが、頭上でどこまでも広がる青空には雨雲どころか雲一つない。
到着当初はマギニア周辺にも魔物が居たのだが、整備も進み冒険者や衛兵が魔物を追い払ったり駆除したりしているので現在の草原には草と鳥と虫とヤギ、それからいなくてもいいような 新米冒険者みはりばんしかいないのだ。
つまるところ、今回のクエストも安全で平和で退屈なものになると思われていた。
「英雄になるためにここに来たのに……お?」
……親友と談笑していたオルヴェの耳に聞きなれない音が飛び込んできた。
ヤギの鳴き声とも違う小さなその音は、アリシアが虫に驚いた悲鳴でもなければイリスの情けない涙声でもない、前掛けを引っ張る子ヤギをたしなめるエドの優しい声でもない。
──何かに襲われている人間の悲鳴だった。
「……今の聞こえた?」
「当ったり前だろ!行くぞっ!」
「衛兵さん!ヤギたちをよろしくお願いします!」
声はアリシアたちにも聞こえていたらしく、本を閉じた彼女にオルヴェはしっかりとうなずく。
オルヴェたちは互いに顔を見合わせると各々得物を取り出し声の方角へと走り出した!
「ヤギ!? おい君たち──行っちゃった」
……平和な草原に残されたのは人間の事情などお構いなしに草を食むヤギの群れと、突然ヤギを任され絶賛混乱中のたまたま近くを通りかかっただけの衛兵だけだった。
「あっちだ!!」
か細い悲鳴が光のない森に再度響き渡り、オルヴェは声の方向を指さして一番に走っていく。
悲鳴を追いかけているうちに一行は険しい谷を越え、木々が生い茂る森へと突入していた。
島の北部に広がる森は光を拒むようにうっそうと茂っていたが、正面の茂みには布切れと血痕が残されておりわずかに開いている動物大の穴は彼らを誘うようにぽっかりと口を開けていた。
見たことのない多脚の虫が出るたびにアリシアは叫び、オルヴェたちは冷たいせせらぎを踏み越え、降り注ぐ木漏れ日の強い方へと歩く。
その内、生い茂る緑と血の香りが段々と濃くなり既にマギニアは振り返っても見えなくなっていた。
「……ん?」
「んぎゃっ!」
突然先頭を行くオルヴェが脚を止め、その背中にイリスが激突しその場に尻もちをつく。
「おい突然止まるな!」
「いやいや!今何か光った気が……」
何故かイリス以上に怒って詰め寄って来るヴィーザルに首根っこを掴まれながらもオルヴェは地面を指さす。
青年が指さした場所をアリシアが照らしてみると、土と名前も知らない根と草の生い茂る地面に長方形の石が埋め込まれていたのだ。
レンガのような形をした石の隙間はエーテルを浴びて宝石のように輝いており、前へ点々と続く石は段々と数を増し街道のように敷き詰められていた。
……その上には人の足跡らしき泥も付着している。
「!ヴィーザル」
「足跡からするに若い女、それも後衛職みたいな軽装だろうな。……急ぐぞ」
言われなくとも、と示すようにオルヴェは今までよりも更に強く大地を蹴り飛ばした。
ハイランダーのように軽鎧を着ているならまだしも、ゾディアックのようなローブ一枚程度の軽装だと魔物の体当たりだけでもマトモに受ければ命の危険も見えてくる。
頭の中にとぐろを巻いて居座ろうとする”最悪の事態”を振り払うように一行が全速力で走っていると、やがて見えてきたのは大きな石造りの遺跡だった。
「来ないでくださいぃ……!!」
予想通り遺跡のすぐ傍では一人の少女メディックが魔物に囲まれており、アルゴノーツは急ブレーキをかけ寸でのところで茂みに身を潜めた。
……白衣を着ておらず新米らしい桃髪の少女は護身用の杖を必死に振って魔物を遠ざけようとしているが、少女の呼吸は離れた距離からでも分かるほどに荒く激しく、震える細い足は今にも膝をついてしまいそうだった。
少女の限界が近いことは魔物にもアルゴノーツにも、誰の目にも明らかだった。
「このままだとあの子、五分も持たないよ」
普段の様子からは考えられないほど冷静なイリスが呟く。
いつでも手にした槍で飛びかかれる態勢のまま少女と魔物をじっと観察するイリス、 頭の中ではこれからの手筈や戦闘をシミュレートしているのか横顔は険しくオレンジの丸っこい目は戦士の鋭さを宿していた。
それから攪乱に囮、総攻撃と様々な意見が出たがどれも実行には至らない。
理由は単純、アルゴノーツには”実戦経験がないから”だった。
訓練を受けているイリスですら進退が窮まっている以上、他メンバーがやみくもに乱入したところで動けるのかという話だ。
……ちゃらんぽらんな酒場の店主ですら、野良戦闘に関しては現時点では避けるようにと忠告していた。
「どうしますか……ってオルヴェくん!?」
エドがリーダーである青年に意見を仰ぐべく見上げた時、彼はすでに茂みの中に居なかった。
「オレに、任せろぉぉぉっ!!」
アリシアたちが止める間もなくオルヴェは茂みから一気に駆け出すと魔物と少女の間に割って入った!
メディックの少女は突然叫びながら現れた青年にぽかんと口を開けて立ち尽くし、少女を襲っていた虫型の魔物は突撃してきたオルヴェに驚き転げつつも間一髪で一撃を避ける。 その魔物の様子にオルヴェはニヤリと笑う。
綿のような筋肉に包まれた魔物は見た目に反し動きは鈍い、先ほどまで少女が戦っていたからか手傷も負っているようだ。
……これなら余裕で勝てる!
「くらえ虫どもっ!」
オルヴェは果敢に剣を振り上げると手前のマッスルフライに斬りかかる!
だがあまりに大きな動作を野生で生きる魔物が見逃すはずもなくそのまま華麗に避けられてしまう……だけのはずだった。
「あ」
オルヴェの腕に伝わったのは肉を切り裂いた感触でも土をえぐり抜いたような感触でもなかった。
ガラスを叩き割ったような甲高い音は音というよりも振動となって骨を震わせ、剣にしては異様に軽い感触が青年の背筋に一滴の冷や汗を流す。
……目の前では新品のショートソードがなんと真っ二つに折れていたのだ。
「折れたぁ!!??」
アルゴノーツ初めての戦闘はオルヴェの絶叫から始まった。
あとがき
SQXのギルド『アルゴノーツ』のプロローグ前編だよ!
アルゴノーツのお話は新世界樹の迷宮ストーリーモード風をガッツリ意識しているので特に理由がなければストーリーの展開や時系列は原作の流れに沿って動かす予定。
今回だとOPシーンから第一迷宮発見まで。
アルゴノーツのメンバーは元々ヒロイックなシナリオの世界樹の迷宮Xを遊ぶために練った所があるのでシナリオの流れやNPCとの会話も書いていても違和感が無くて楽しいんだよね。
熱血で素直な犬系主人公に頭脳明晰なツンデレ系幼なじみ、ニヒルでよくケンカするけど阿吽の呼吸なクールな親友、みんなに愛されるけどやる時は頼れる妹分、そんなみんなを見守るお母さん系お兄さんと好きな主人公チーム要素をぎゅっと詰め込んだギルド!
これがおれの新世界樹の迷宮Xストーリーモードだ!!
アリシアちゃんはちょっとオルヴェに対してツンツンツンデレくらいになってしまったのが心残りかな……これからもっとかわいい幼なじみぢからを発揮すると思うので未来に期待!
オルヴェに関しては書いていて一番楽しいけど気を使うキャラクター。
まだ役目の固まってないイリスちゃんとは違って明確に方向性が決まっているので、出来るだけ言葉や評価だけじゃなくて行動で示す。
これが結構難しかった。
ちなみに主人公のオルヴェの声はもちろん青年・元気 是非とも脳内再生しながら読んでみて下さい。
青年元気味でてるといいな……