1
…最後のマッスルフライを倒したアルゴノーツの冒険は、リーダーの青年オルヴェの剣が刃の半ばから真っ二つに折れた事実を受け入れる事から始まった。 「信じられない!なんで剣が折れるのよ!?精錬された鉄よ!?」 「オレだって分かんねぇよ!だっていつもと同じように振っただけなのに、床にぶつかって、そしたら」 「折れたんだな、お前の力加減どうなってるんだよ」 「うっ……」 オルヴェは仲間たちの容赦のない指摘に反論しようとしたが、核心を突かれわなわなと震えるしかなかった。 半分から折れた剣の軽さを持ち主であるオルヴェが一番理解しているし、刃こぼれした刃は無謀な戦いに挑んだ己を咎めるように光っている。 故郷を無計画に飛び出し冒険を始めたばかりの彼らに予備の剣などあるはずもない。 同行者であるビルギッタに助けを求めようにもメディックの武器は杖、極め付きに戦闘は自己申告するまでも無く不得意である。 そんな彼女がアルゴノーツに同行しているのは、ひとえに遺跡の中に消えた自身の”妹”を探すためだった。 「す、すみません……助けてもらった上にライカを探してもらっているのに……私も戦えれば良かったのに……」 「気にしないで、あなたは一切悪くないわ。あのアホの自業自得なんだから気にしないで」 「そもそも私たちがビルギッタちゃんの妹さんを探そうって決めたんだから」 「ふん!」 群れる女子たちにオルヴェはそっぽを向き、自分への小言を発するアリシアから離れるとけがの手当てをして回っているエドの方へと擦り寄った。 エドの主武装は両手のスマイトシールドなのだが、それとは別にパラディンしかりフォートレスしかり盾職というのは戦鎚や剣を携帯していてる事が多い。 エドは近寄って来たオルヴェを治療しようとするが彼の目的が自身の盾の内側だと気づくや、苦笑いを浮かべて首を横に振った。 「貸してあげたいのは山々なんですが……アリシアさんに怒られちゃいますからね」 「……ヴィーザル、」 「折ったらお前の腕の骨を折る、イリスのもダメだからな」 「うぐぐ」 頼みの綱であるヴィーザルにに見捨てられ、最早オルヴェには呻きながら歯噛みすることしかできなかった。 和気藹々と出発し始めた仲間たちを最後尾に回されたオルヴェが恨めしそうに見つめていると、そっと近づいてきたビルギッタに肩を叩かれる。 ……彼女が差し出してきたのは途中まで線の描かれた羊皮紙と筆記用具だった。 「あの、もしオルヴェさんがよかったら一緒に地図を描きませんか?」 「地図?」 「武器は壊れちゃいましたけど地図描きなら武器が無くても出来ますし……地図があれば後々役に立つかもしれません」 余計なお世話だったらすみません、とビルギッタはおずおずと羊皮紙を差し出してくる。 今の素手のオルヴェに断る理由も無いし、探検しながら地図を描くなんて初めての経験だ。 礼を言ってオルヴェが素直に羊皮紙を手に取るとビルギッタは嬉しそうにはにかみ、地図の描き方を話しながらゆっくりとした歩調でアルゴノーツの後ろをついて行き始めた。 ……こうしてアルゴノーツの冒険は始まった。 植物に侵食され原型を失いつつある遺跡は思ったよりも広大で迷路のように入り組んでおり、 更に先ほどのような狡猾で強力な魔物が多く生息しているらしく、新米冒険者であるアルゴノーツには一戦一戦が綱渡り状態だった。 単純に狭い通路での戦いを強いられるのはパーティ内で一番の実力者であるハイランダーのイリスが全力を出せず、盾役のエドを無視して後列が狙われる事も非常に多かった。 それでも先に進めていたのは薬師であるビルギッタの支援や若さゆえの戦闘への慣れ、幸運もあっただろう。 そんな彼らに後ろから声を掛けつつ、オルヴェも剣が無いなりに素手でビルギッタと自分に近寄って来る魔物と戦っていた。 「……止まれ」 「ん?」 迷路のような道を抜け辿り着いたのは四方に扉がある広間、その奥の部屋に足を踏み入れた一行はヴィーザルに促され素早く足を止めた。部屋の奥で何かが光ったからだ。 獣か罠かと息を潜めていると何かに気が付いたようにイリスが光の方向……正面の壁を指差した。 手形みたいなのがあるよ、と見上げてくる少女の言葉に従い近づいてみると言葉通り壁の中央部に人の手形のようなへこみがあった。 その手形は他の柱や石畳の隙間と同じような青い線で構成されていたが、他と違い手形の周囲だけはコケすらなく指から指紋らしき渦巻まで表現されていた。 「何でしょうか、これ」 「なにかの目印かしら、ってオルヴェ!勝手に行動するのは」 「なぁ見てくれみんな!」 手形を観察するパーティからオルヴェがふらりと離れるとそのまま部屋の隅でしゃがみ込む。 ご機嫌にスキップしながら帰って来た青年の手にはひと振りの剣が握られていた。 両刃の片手剣には豪華な飾り彫りが施されており、剣の柄近くには青緑色の宝石らしきものが埋め込まれている。 だが全体的に剣は鉄ともつかない石のように鈍い色をしており、武器というよりも儀式用の祭具に近い印象を受けるが拾った本人はそういう事は気にしないのか鼻をふんふん鳴らしながら剣を大事そうに抱えていた。 「剣があったんだよ!ほらイリスみろ、オレにぴったりだぜ!」 「よかったねオルヴェくん!」 「だろ!オレの日頃の行いの賜物だ!」 「ただの剣にしか見えないが本当に持っていくのか?……また折ったりして」 「折る訳ないだろ!」 自分の事のようにその場で小さく跳ね回って喜ぶイリスや手形を調べる他の仲間たちに軽口をたたかれつつも、オルヴェは誇らしげに剣を見せて回っていた。 「なんていうか説明しようが無いけどさ、この剣はずっとこの場所で誰かを待っていたような気がするんだよ」 「剣が、ですか」 オルヴェはエドの問うような呟きに頷くと真剣な表情で剣を見据える。 確かに見てくれはさっき壊した剣よりも頼りなさそうだが、それでも普通の剣とは何かが違う気がして仕方がない。 磨き上げられた翠の宝玉、偶然とは思えないほど自分にしっくりくる大きさと重さ……そして手に取ったとき確かに手の中で小さく脈打ったのだ。 「……オルヴェ、あなた頭打った?」 「打ってねぇよ!あーもー!いいよ!お前らが何と言おうがこの剣はオレのだからな!後で触りたいって言ってもぜってー触らせないからな!」 「それで、こっちの変な模様だが……」 「ちょっと面白いものが見れたわ、ちょっと見てくれる?」 眉を歪めたアリシアのあんまりな発言に拗ねるオルヴェを無視し、ヴィーザルは壁の手形に自身の手を添える。 そのまま押さえつけていると手形が強く光りだした。 「わっ光ったよ!?」 「すげー……!」 「オルヴェは触らないで、壊されたらたまったものじゃないもの」 「……」 きゃあきゃあと手形を触っては光らせる仲間たちにオルヴェは唇を尖らせるとさっき拾った剣を撫でる。 オレの剣だってカッコいいじゃん、このデザインとか勇者の剣っぽくないか? そんなむくれるオルヴェの様子を静かに見守っていたヴィーザルはもういいだろうと手形に群がる仲間たちを追い払った。 「だが光るだけだな、何も起きねぇ。 何なら俺たち以外に誰かが手を触れたような痕跡はなかった」 「……こほん、ヴィーザルの言う通りこの模様は手をかざすと光を放ち、一定の時間が経つと消える。 手のマークとかざすという行為、確実に何か隠されているんでしょうけど今のあたし達にはそれを解明する手段は無い」 「まさかライカは……!!」 先程までイリスと一緒に手形を光らせて遊んでいたビルギッタの顔面が光よりも青くなる。 今にも泣き出しそうな少女にアリシアは肩をすくめると茂みの方を見遣った。 「その可能性は低い。光るだけで何も起きないってことは、何らかの条件下のもとで動くと考えられる。 あなたの妹さんもこの台座よりもむしろもっと奥に進んだ可能性を考えるべきだわ」 「ぇえっ……それじゃあ早く見つけないとライカちゃんが……!」 「……奥まで入ってないことを祈るばかりですね」 アリシアの言葉にイリスまで泣きそうな顔になってしまい、エドは涙目の二人組の背中を優しく擦る。 「結局収穫はオレの剣だけか……仕方ない、先に進もうぜ!」 「早く行けば間に合うかもしれないからな」 重い空気を切り裂くような熱い声でオルヴェは全員を励ますと背後の扉を指差す。 この場所にいないのなら別の場所でライカは自分たちを待っているのかもしれない、青い瞳はそう言いたげに強い力で全員を見つめる。 見つかるまでは分からない。 そんな希望を胸に秘め、アルゴノーツ一行は広間を後にした。
2
地の果てまで続いているのかと勘違いするくらいに遺跡はどこまでも同じような風景が広がっていた。 ただ今までと違うのは先ほど剣を拾ったことでオルヴェが戦闘に参加できるようになったことだった。 「入ったぞ!」 「任せとけっ!」 ヴィーザルの投刃が肉食コアラの腹に突き刺さり、意識を失った相手にオルヴェは思いっきり剣を叩き込むとその勢いを殺さず隣の霧吹きスカンクにもぶつける。 ダメージの少なかった相手をを逃さずイリスが槍で貫くと、控えていたビルギッタが拍手をしながらアルゴノーツの方へ駆け寄ってきた。 「皆さんすごい連携じゃないですか!」 「まーな!」 オルヴェは歯を見せて笑うと仲間たちとハイタッチを交わした。 最初の二三戦はオルヴェに投刃が刺さっていたりしたが、しばらく戦っている内にアルゴノーツは流れるような連携を見せ始めた。 ヴィーザルの投刃とアリシアの星術で戦場を撹乱し、オルヴェが動けなくなった相手に渾身の一撃を叩き込む。 守りはエドに任せ、仕留めきれなかった相手をイリスが素早く始末する。 それぞれの技術はまだ稚拙ではあったものの、遺跡の魔物相手には十分な布陣だった。 「それにさっき拾った剣、折れるどころか刃こぼれすらしないんだぜ!」 「そうなんですか!?」 膝立ちのままずりずりとやってきたエドにオルヴェが剣を見せてやると同じように仲間たちも寄ってきた。 何度も遺跡の床にぶつけられたり魔物に刺さったりしているはずなのにオルヴェの剣の刃にも柄にも宝玉にも、ヒビやキズらしきものはどこにも見られない。 ……奇妙な品ではあったが、オルヴェにとってはそれが逆に伝説の剣なのかもしれないという確信に繋がっていた。 「壊れない剣って、それ本当に大丈夫なの? 呪われてたりして……」 「大丈夫大丈夫!むしろ戦うたびにやる気が出てくるぞ!」 「ふふ、我らがリーダーが元気になってくれて僕たちもやる気が出ますね」 剣を見て心配してくるアリシアと対照的にオルヴェが元気になったことを祝うエド。 その近くでは消毒液がしみるのに怯えているイリスと、こちらに気がついて手伝ってくれと言わんばかりに頭を傾けるヴィーザルがいる。 ……彼らを見ているとオルヴェの胸はなんだか温められるような心地よいものでいっぱいになるのだ。 剣を見つけられてよかった、オルヴェは改めて心の中で喜びを噛みしめるのだった。 戦っては休憩して、調査しては一喜一憂して、遺跡の冒険を満喫していたアルゴノーツは遂に新たな広間に出た。 最初の広間よりは狭いものの、辺りには魔物の気配が無く閉散としているのだが充満していた空気は冒険者の嗅ぎ慣れた液体の匂いだった。 「血か」 ヴィーザルは敏感な嗅覚をひくつかせながら周囲を歩き回ると、その場にしゃがみ込んで検分を始める。 オルヴェが彼に駆け寄ってみると、鼻先に血に濡れた何かを突き出され顔をしかめる羽目になった……毛だ。 「何の毛だよそれ……」 「汚ぇが毛艶はしっかりしている、魔物の毛じゃないのは確かだな」 「もしかして……わんちゃん?」 毛を見たイリスが呟くと茂みがわずかに動く、まるで誰かがいるように。 イリスが踵を返して揺れた茂みをそっとかき分けてみると、そこには灰と白色の毛をした犬が魔物にばれないように身を低くして潜んでいた。 怯えているようだが大きなケガもなくあったとしても精々かすり傷程度で、イリスがフカフカの頭を撫でてやると安心したのか頭を手のひらにこすりつけて来るほどだった。 「ワン!」 「わっ!」 人懐っこいのか丸っこい目をした犬は元気よく吠えて、そのままイリスの鼻先を舐めると茂みから飛び出してきた。 「お前どこの子だ?こんな所にいるなんて危ないぞ」 オルヴェの少し荒っぽい撫で方にも犬はうれしそうに尻尾を振り回していたがふとヴィーザルの耳に軽い衝撃音のようなものが聞こえる。 音の出どころである犬の首元を持ち上げると、そこにはかわいらしい木彫りの小鳥が付いた赤い首輪があった。 「首輪があるな。何か彫ってあるみたいだが……『L、a──」 「ライカっ!」 犬を見た瞬間、最後尾にいたビルギッタは伏し目がちな紫目を大きく開いて、放たれた矢のように一直線に走り出すと犬──ライカを抱きしめた。 ライカも生き別れになってしまった姉との再会が信じられないらしく、大喜びで顔中をなめ回し尻尾を千切れんばかりに振り回していた。 ……その光景を目撃したアルゴノーツは、まるで時が止まったかのように固まっていた。 「……ええっ!?」 「ライカって犬だったのか!?」 「ええ、そうですが?」 驚愕に震えるアルゴノーツとは対照的にビルギッタはあっさりと言い放つと慣れた手つきでライカの治療を始めていた。 ライカの首輪にある木彫り飾りを観察してみると、よくよく見ればそれはビルギッタの胸元に掛けられたものと同じデザインである。 ……道理で靴跡も人間の匂いもしないわけだ、ヴィーザルはそそっかしい依頼主にため息を吐きながら心の中で毒づいた。 「とにかくこれで一件落着だな!」 「人、いえ犬探しがまさかこんな遺跡探索につながるとは思いませんでした」 「そうね。 ……でも、この遺跡って何のためにあるのかしら」 喜ぶオルヴェたちとビルギッタを尻目にアリシアは少し離れた場所にあるツルに覆われた石柱に触れる。 欠けはあるが均一な大きさに切り出された石畳、隙間からわずかな燐光を放つ石柱、同心円を基調とするレリーフが彫られた扉の数々、そして地面に打ち捨てられていた剣と謎の光る手形の模様。 ……『前人未踏と云われた地に何故人工物が存在するのか』 彼女の言わんとすることはその場の全員も察しがついていた。 「……もしかしたら司令部に報告したほうが良いかもしれません」 「司令部、ですか」 ビルギッタの放った聞き慣れない単語にアルゴノーツの面々は彼女に近づいて呟きの続きを促した。 ……マギニアの目的はレムリア島に眠る秘宝の入手──つまるところ、まずは降り立ったこの島を調査しないことには始まらない。 現在『報告されている情報』には獣や大まかな地形の情報はあれど、今回アルゴノーツが発見したような人の手が加わったとしか思えない遺跡群は未だ発見されていない。 つまるところ、世界各地から集められた腕利き冒険者たちが未だ発見したことのない遺跡を新米冒険者たちが発見したのだ。 「世紀の大発見じゃねーか!!やったなみんな!」 「アホ、喜ぶのはまだ早い。ビルギッタの言う通りまずは”司令部に報告しない限り”この遺跡は俺たちの功績にはならねぇ」 「ってことは早くしないと横取りされるって事か!?すぐ司令部に行かないと……!」 「オルヴェくんは司令部?がどこにあるか知ってるんですか?」 「知らない!」 「……そういえばあたしたちはまだ司令部には行ったことがないわね」 慌てるオルヴェや眉間にしわを寄せるヴィーザルやアリシア、そのどちらも主張することは正しいのだが新米冒険者ギルドであるアルゴノーツは司令部へ行ったことがない。 正確にはこの依頼を完遂すれば紹介できそうだと酒場の店主に教えられたのだが、それでは間に合わないかもしれない。 アルゴノーツの意見が分かれる中「あの」と内気な少女がおずおずと手を上げた。 「あの……司令部なら行ったことがありますし、よければ私が案内しますよ」 「よろしいんですか?この迷宮を最初に発見したのはきみだと思います」 ぱちくりと目を丸くしたエドに向かってビルギッタは首を振ると足元で大人しくしているライカの頭を撫でた。 「いいんです、だってライカを助けてもらったお礼がまだですから……。 私はライカが走っていった方角へついて行っただけですし、それをいうならライカがこの遺跡の発見者です」 「助かるぜビルギッタ!それじゃあみんなで帰るとするか!」 感極まったのかオルヴェはビルギッタの手を取ると犬の尻尾のように腕をぶんぶんと振って、仲間たちからストップがかかるまで何度も感謝を伝え続けた。 その元気な声に呼応するようにライカがワンと吠え、遺跡に冒険者たちの笑い声が響いたのだった。 ……ビルギッタの頼みを解決したアルゴノーツは無事に遺跡を脱出した。 そのままヤギの放牧依頼を出した依頼主のところへ向かい謝罪と説明を行ったところ、寧ろビルギッタ含め無事に帰ってきてくれたことに安堵し報酬も減らさないでくれたのだ。 気前のいい依頼主にありったけの感謝を伝え、アルゴノーツは司令部を目指して街を歩きだした。 だが道中のショーウィンドウに映った泥だらけの姿に悲鳴を上げたアリシアの鶴の一声で急遽宿屋で身なりを整える事になったのだが……オルヴェにはむしろ遺跡からの脱出よりも準備の方が時間が掛かった気がした。 長い坂や階段を進んでいくと庶民向けの酒場や冒険者用の店が立ち並ぶ景色から一泊千エン以上の高級宿や一流の職人が雁首を並べる専門店へと変わっていく。 その一等地の果てにそびえ立つ巨大な尖塔こそが探索司令部、マギニアの街を治める王城であった。
3
「ここが司令部……」 オルヴェが思い切って中に足を踏み入れると足の裏に柔らかな高級絨毯の触感が伝わり、思わず足を滑らせかける。 高いアーチ状の天井から柱の一つ一つにまで職人技の光る装飾や絵が施され、奥の巨大な三枚窓からは赤い屋根と段々に広がっているマギニアの街が一望できてしまう。 その中を階級の高い衛兵や職員が忙しなく走り回りながら職務に励んでいた。 冒険者の姿もチラホラと見え、その誰もが歴戦の猛者だと人目で分かる気迫を放っておりオルヴェの身体が自然に強張ってしまうほどだった。 「アルゴノーツの皆さん。 今回は本当にありがとうございました、報告頑張ってくださいね!」 「いやいや気にするなって、困った時はお互い様なんだから」 「ライカちゃんもまたねー」 ここまでくればもう大丈夫だと、ビルギッタが丁寧にお辞儀をするとライカもアルゴノーツとの別れを惜しむように一鳴きする。 そして二人は名残惜しそうに振り返っては何度もお辞儀をしながら歩き、アルゴノーツも彼女たちが見えなくなるまで手を振っていた。 「さて、冒険者用の受付はどこでしょうか」 ここからがアルゴノーツの出番だ。エドは前を見据えるとビルギッタが教えてくれた目印を探して視線を巡らせる。 柱、看板、と描かれたマークを確認していると柱に吊るされはためく旗が目につく。 そこに刺繍されていた紋章はビルギッタから聞いていた話と特徴が合致していたのだ。 「あれだね!……オルヴェくん?」 さあ行こう、とイリスが声をかけた時にはすでにオルヴェは姿を消していた。 恐らく冒険者用の受付を探しに行ったのだろう、四人で呼びかけても人が多すぎるのかあの無性に元気な声は返ってこない。 また居なくなったのかと頭を抱えつつ周囲を見渡していると、広間に向かってどこかで見たようなオレンジ色の髪をした凛々しい女性が現れる。 間違いなくその人はペルセフォネ姫であり、彼女の周りには衛兵たちが書類や指示を求めてひっきりなしに来てはペルセフォネも彼らに短く的確な指示を下していた。 ……その彼女に向かって今まさに突撃していたのは見慣れた緑髪の青年だった。 「ペルセフォネ姫ーーっ!」 「む、汝は……オルヴェだな」 「お久しぶりですっ!実はぐぇ」 自身の名前を呼ばれペルセフォネが振り向いた直後、オルヴェは後ろから走ってきたヴィーザルに関節を決められながら床に叩きつけられると顔を真っ青にしたアリシアが姫とオルヴェたちの間に割って入ってきた。 「おい何してんだアホ!!」 「ウィズ重い痛い退いて折れる!!冒険者受付の代表はペルセフォネ姫だしこっちの方が手っ取り早いだろ!?」 「申し訳ありませんペルセフォネ姫っ!このバカにはたっぷり言って聞かせるのでどうか……」 「気にするな。彼のことは私もよく知っている」 ペルセフォネは目の前に現れた愉快な一団に笑みをこぼし、あまり仲間を心配させてやるなとオルヴェに手を差し伸べた。 「さて、ここに来たということは何か要件があるのだろう?」 「えっと!実は報告があって、オレたちこの島の北に遺跡を見つけたんです!地図もありますっ!」 「遺跡だと!?」 遺跡、という単語にペルセフォネが強く反応したのを見たオルヴェたちは先程の遺跡での出来事を報告する。 新米冒険者の初めての大冒険という話自体には興味があるようだが一国の指導者である以上無駄話をしているわけにもいかず、その生真面目な思考に比例するかのように眉間に寄るシワは深い。 だがオルヴェがあっと思い出したように叫んで、懐から少し汚れて丸くなった羊皮紙……遺跡の地図を提出するとペルセフォネの顔は一気に明るくなった。 「地図なんていつの間に描いていたの!?」 「ビルギッタと一緒にいた時に教えてもらったんだ、剣と一緒に持っとくのは大変だったけど結構楽しかったぜ!」 「……」 地図に驚いたのはペルセフォネ姫だけではない。 オルヴェを監視するように隣に立っていたアリシアとヴィーザルは信じられないものを見るような目でオルヴェと地図を交互に見ながら問い詰めていたが、青年はしてやったりと言わんばかりに胸を張ってふんぞり返っていた。 やがて地図を読み終わったのかペルセフォネは地図を机に置くとアルゴノーツに呼びかける。 「汝らの話に加えここまで詳細な地図……司令部としてはすぐにでもその遺跡に調査隊を送りたく思っている」 「っ!」 調査隊の話が出た途端にオルヴェの顔が曇り、仲間たちも緊張した面持ちになる。 それを避けるためにせっかく司令部にやって来たのに、このような結果になるなんてあんまりだ。 ……不満げなアルゴノーツの様子をじっと観察していたペルセフォネは静かに口を開く。 「……だが、あいにく腕利きの冒険者も衛兵隊も別の場所を探索していてな」 「!」 「彼らに遺跡の調査を任せれば確実だか、彼らの帰りを待つのも時間が惜しい」 「オレたちアルゴノーツに任せてくださいっ!!」 続く言葉を待ちきれなかったオルヴェは目を星のように輝かせながら、左右の拘束具を取り外さんばかりの勢いで何度も頷きながら跳ねまくった。 ペルセフォネもその返事を待っていたと言わんばかりに凛々しい顔をほころばせるとアルゴノーツに地図を返却した。 「無事に報告できてよかったね!でも知らない間にあんな地図を描いてるなんて……」 司令部から出る頃には街は夕闇に包まれ始めており、故郷のようにオレンジ色に染まった道をアルゴノーツは軽い足取りで走っていた。 「まーな!地図描きは冒険者の必須スキルだぜ!お前らも描けるようになっとけよ」 「ふふ、そうですね。これでオルヴェくんものんびり休めそうで僕も一安心ですよ」 地図を褒められた上にペルセフォネ姫直々に遺跡の調査を命じられたオルヴェは鼻高々にエドとイリスに地図を見せびらかしていた。 そんな無警戒な親友を見ていられなかったのか、ヴィーザルは風に吹き飛ばされそうな羊皮紙を取り上げると鞄の中にしまい込んでしまう。 取られたりなんかしないよと心配性な親友をたしなめていたオルヴェだったが、アリシアが宿とは逆の方向の道に進むのが見えて足を止めた。 「アリシアどこ行くんだ、宿はこっちだぞ」 「先に行ってて、あたしはちょっと図書館に用事があるの」 「えーまたあそこ行くのかよ……よくあんな文字ばっかりの紙読めるよな」 「あなたとは”ココ”が違うのよ、すぐ借りて帰るから」 アリシアは呆れ顔のオルヴェにそっぽを向くとひらひらと手を振って図書館の方へ駆けだした。 帰りは衛兵にでも付き添ってもらうつもりなのだろう、その背中に料理が冷める前に戻ってこいよと声だけかけてオルヴェたちは帰路につく。 ……全員が集まったのはそれからすぐ後のことで、本を抱えて帰ってきたアリシアを待ってアルゴノーツはちょっとぬるめの夕食にありついた。 「明日からはあの遺跡の探索に集中することになりそうですね。今日はゆっくり休養を取りましょう」 「もう少しぱーっとやっても良いんじゃないか?」 夕食を頬張るオルヴェの頬についたソースをエドが拭き取り、アリシアが逆側の頬をつつく。 折角遺跡を見つけたのだから酒場で遊んだり、少し奮発した夕食を食べても良いはずだとオルヴェは不満げにサラダを口に運んでいた。 「バカねぇ、探索するのにどれだけお金が必要だと思ってるの?むしろ節約するべきよ」 「遊ぶのはその後ですね」 「はぁ……」 「ペルセフォネ姫も期待してるみたいだし忙しくなりそうだね!うーちゃ……ヴィーザルくん!」 「俺には何か隠しているように見えたがな」 「……ま、色々事情があるんでしょうが今のあたしたちが気にしても仕方がなさそうね」 いつも通りの食卓で緩やかな時間が流れている内に話題は遺跡のことからオルヴェが見つけた剣の話へと移り変わる。 皿を片付けた食卓の上に剣を置いて改めて観察するが、相変わらず石のような見た目以外特に変わったところはない。 ネイピア商店の女店主にも見せてみたがすぐに二束三文だと言われ、図書館にも似たような剣が載った本はどこにもなかったらしい。 「ただのみすぼらしい剣だっだってことだな」 「おいおい!絶対伝説の剣だって!!」 オルヴェは椅子から立ち上がると無粋な意見に向かって抗議するが、ニヒルなヴィーザルは挑発するように首を傾げるばかり。 幼い頃から続くいつもの事をある者は呆れながら、ある者はリラックスした様子で、ある者はヒートアップして怪我をしないか心配そうに見守りながら若者たちの夜は更けていった。
4
翌日、朝食を胃袋に詰め込んだオルヴェたちはアリシアの提案で出発前に冒険者ギルドの会議室へ集まっていた。 ギルドの建物に備え付けられた会議室の数々も冒険者ならいつでも利用可能であり、主に作戦会議などに使われ常に満室気味なのだが朝早くだと空室が目立つ。 「それじゃあ昨日見つけた遺跡……東土ノ霊堂についてだけど」 「東土ノ霊堂?」 聞きなれない単語を繰り返すメンバーに向かってアリシアはウィンクすると、『古代文字』と表紙に書かれた何冊もの分厚い本──恐らくは昨日図書館で借りたそれを机の上にドカンと置いた。 「階段の近くに文字があったの、多分あの遺跡の名前だと思って調べておいたわ」 「わぁぁっ!アリシアちゃん凄いよ!」 「フン、あれくらいの古代文字なら一晩あれば解読できるわ!……んん」 「アリシア寝てないのか?」 「こ、これくらい大丈夫よ。東土ノ霊堂についてだけどこの地図を見て頂戴」 オルヴェにあくびを指摘され少し赤くなったアリシアが次に取り出したのは綺麗な羊皮紙に写された東土ノ霊堂の地図だった。 南の細い通路を通って中央広間から四方八方に向かってクモの足のように広がる入り組んだ道は見ているだけでも目が痛くなりそうだったが、ある一部分から道を記す線が途切れていた。 「……北のエリアがまるっと未踏破だね」 「昨日はライカを見つけてすぐ帰ってしまいましたからね」 つまりこの先に、と言うようにエドが地図の空白をつつくとアリシアの唇がにっと弧を描く。 「ええそうよ、恐らくこの未踏破区域に何かが隠されていると私は予想する」 「お宝か先への道か……どちらにせよ調べる価値は十分あるな」 自信ありげに言い放つアリシアと珍しく前向きなことを言い放ったヴィーザルの言葉に一行は大いに湧き立った。 謎の遺跡の先にあるのは新たな迷宮への道か、あるいはマギニアの探し求める秘宝か。 冒険者としてこれ以上の喜びと名誉はない。 「よし!東土ノ霊堂を一番最初に踏破するのはオレたちアルゴノーツに決まりだ!!」 オルヴェは胸に燃え盛る熱意のまま雄叫びを上げて勢いよく立ち上がると腕をテーブルの中心に突き出し、仲間たちも同じように立ち上がるとオルヴェの手に自身の手を重ね合わせる。 昔から五人揃って何かをやる時の儀式のようなもので顔を寄せ合って互いの瞳を確認し合った若者たちは、探索が上手くいくように旗のように腕を掲げたのだった。 朝早く訪れた東土ノ霊堂は相変わらず人の気配という物がなく、ホッと胸を撫で下したアルゴノーツは昨日ライカが待っていた広間を越えると真の前人未踏のエリアを歩き出した。 東土ノ霊堂の北側は植物の侵食が激しくほぼ森のような様相を呈しており、木々と遺跡の間から降り注ぐ朝日の中で足音だけが木霊する。 植物の侵食が激しい奥地では肉食コアラやマッスルフライといったおなじみの顔ぶれだけではなく、この島の生態系ピラミッドの頂点に位置するであろう狼にも遭遇した。 その度にオルヴェたちは剣を構え、信頼できる仲間に背を預けて戦闘を切り抜け続けた。 「なんか臭くないか」 「……確かに」 傷の手当をしていると不意にヴィーザルが肩を小突いてくる。彼に促されオルヴェも首を伸ばして鼻を動かしてみると確かに鼻の奥を貫くような鋭い異臭を感じる。 血でも無ければ武具の匂いでもない、刺激臭は道の奥から漂っているようでオルヴェたちは鼻を覆って前へと進みだした。 そこから数十分も経たない内にアルゴノーツの前に現れたのは石の扉だった。 扉の隙間から異臭が流れてくるのだが、それと同時に部屋の奥から何か音が聞こえるのだ。 なんとなく、人間や動物にしては大きすぎる気がする。 「……」 「大丈夫だって、何があってもオレたちならきっと勝てる」 不安げに俯くエドの肩を叩きオルヴェは彼らしい楽観的な言葉を述べる……アルゴノーツのリーダーであり英雄になるためにもオルヴェはこの先に進まなければならないのだ。 恐怖と好奇心を天秤にかけたアルゴノーツは顔を合わせて頷く、そしてリーダーのオルヴェは固く強張った身体に思い切り力を入れた。 ……冒険者たちが目にしたのは自分たちの背丈の数倍はありそうな巨大な花を背負った魔物だった。
5
「何よあれ……!!」 見たことのない魔物にアリシアは思わず驚愕の声を上げ、アルゴノーツは魔物にばれないようにゆっくりと壁際に寄りかかる。 人間一人は簡単に飲み込めそうな赤い花の口、先端に肉食動物のような顎のある二本の巨大な蔓を携えたソレは瞼のない赤い目を開いて広間の中央を陣取っていた。 「この迷宮のヌシか……」 迷宮の主、というヴィーザルの言葉にオルヴェは固唾を飲む。 冒険の最後に待ち受ける魔物は強敵なのだと様々な英雄物語にも書いてあったが、今の相手はドラゴンでもなければ邪悪な魔法使いでもない。 ……なのにあまりに大きな体躯から目を離せないし、放たれる重圧は息苦しくて仕方がなかった。 「あの魔物なにか変だよ?」 「どうしたんでしょうか」 エドやイリスが不安そうに見つめている中でも魔物は広間の奥でぐるぐると同じ場所を行き来していたがやがてピタリと動きを止めると、両手のような触手を含め背中から更に緑の蔓を空中に伸ばし始める。まるで人間が首を回して辺りを伺っているように。 そのまま蔓を空に這わせ続けていたが不意に身体の向きを変え……赤い目がオルヴェの青い目を確実に捉えた。 「!おいみんな──」 オルヴェが仲間をかばおうと走り出したのと魔物の背中が大きく膨らんだのは同時だった。 一瞬で部屋中に黄色い花粉の煙がぶちまけられ、オルヴェたちの視界は異臭漂う黄色に包まれ、魔物どころか互いの顔すら見えなくなる。 「うわっ!!何これ、離して!」 「っ何が起きてやがる!?」 必死になって呼びかけるオルヴェたちの中で不意に風切り音が響き咄嗟に身を引く! 丸太のように太い蔓が煙の中から飛び出しすぐに潜ってしまうが、尾のように振り回された触手についていたのかオルヴェの方へ生暖かい液体が散った。 ……頬を拭ってみると親指に付いていたのはまだ鮮やかな赤い液体だった。 悲鳴を心配する声に仲間を呼ぶ声、パニックとあちこちから噴出する音の濁流にのまれ最早誰の悲鳴なのか理解する事すら困難だった。 「何だよこの煙、クソ、お前ら大丈夫か!?」 オルヴェは心の中で悪態をつくと剣を握りしめ、剣先より少し先しか見えない煙の中を射殺さんばかりに睨みつける。 うるさい心臓を黙らせるように歯を食いしばり辺りに意識を集中させる、オルヴェの全身は何とか魔物に一太刀入れようと殺気立っていた。 (来るなら来い……!オレが相手になってやる!) ……このままみんなやられて自分だけが生き残るなんてオルヴェ自身が一番許せない。 『敵影観測。パターンB、守護獣。制限を一段階解除、一般市民及びB級以下の戦闘員の退避を要求』 ──不意に知らない声に話しかけられ、頭の中が一気に視界がクリアになる。 「誰だ!?」 『接続対象。人間、該当IDなし。シャットダウンを実行します……データ破損によるエラー発生。 不明なユニットと接続します』 男のようにも聞こえるが人間とは思えないほど熱のないその声は語り続け、オルヴェが周囲を見回しても世界は黄色に包まれて自分以外は何一つ見えない。 再度誰だとオルヴェが問おうとしたその時、剣の刃に亀裂が走った。 「うわっ!?」 オルヴェの驚愕が恐怖に変わるよりも早く亀裂は瞬く間に数を増し、剣は青白い光を放ちながら花粉の煙を吹き飛ばす! あまりに激しい光の濁流に怯えているのか驚いて飛び立つ鳥の羽ばたきが四方八方から響き、動物だけではなく魔物たちも光から逃げようと迷宮の外へと逃げ出し、魔物は蔓で顔を覆うと部屋の奥へと縮こまる。 無論、蔓から解放された仲間たちも突然の光景にただ唖然とするしかない。 剣の”外側”が剥げていく度に光は強さを増し、次第に広間から霊堂全体を包み込むように全てが照らされて──。 「……ぅう」 どれだけ経っただろうか、収まり始めた光の中心にいたオルヴェは痛む瞼をゆっくりと開ける。 ……しっかりと握りしめていた石の剣は溢れ出た蒼い光がそのまま形になったような美しい剣になっていた。 鋭く尖った両刃の中央や翼のような鍔には金色に輝く星のような装飾が施され、円型になった根元部分の翠の宝玉は生き物の鼓動のように淡い明滅を繰り返す。 確かめるようにひと振りすれば光の帯が剣の先から流れ出し、ずしりと手になじむ感覚も重すぎず軽すぎない。 「オルヴェ、それって……」 「分からない、だけど……!」 ……何よりも、剣が真の姿を現してからオルヴェの先程まで震えていた足はしっかりと大地を踏みしめ、早鐘と汗が静かに引いて、胸の中にはある一つの感情が湧き上がる。 強い意志をもって恐怖を克服し守るべき信念のために立ち向かう、蒼き光はまるで夜空の一等星のように心に火を灯す。それは──。 「やるんだな」 固い足音を鳴らし短剣を構えたヴィーザルがオルヴェの隣に並び立ち、オルヴェが頷くと自信ありげな目つきで魔物を睨みつける。 続くように各々も盾や槍を持ち立ち上がり、眼前の魔物は抵抗する気力を持つ獲物を威嚇するように地面に向かって蔓をしならせるが今のオルヴェたちには通用しない。 「……みんな、アイツを倒すぞ!」 仲間たちを背中に、オルヴェは大地を踏みしめる。 剣の柄を握りしめると吸い付くようにピッタリと手に収まった直後、オルヴェの全身が青く光り輝き始めた! 「くらえぇぇっ!!」 最初に戦場に躍り出たのはオルヴェだった。 振り回される攻撃を土煙を上げながら既のところで回避し、稲妻のように方向転換を繰り返しながら魔物に接近する! だが動きがあまりにも単純すぎるのか魔物の身体には剣先が掠るだけで肝心の攻撃は全く当たらない。 ……迫りくる触手を避け忌々し気に魔物を一瞥するオルヴェの脳裏に一つの策が浮かび上がる。 突然動きを止めた獲物を逃すはずもなく、魔物の一際太い一対の触手が槍のように青年の身体を貫こうとする! 「ふっ!!」 刺される直前、オルヴェは角になっている壁を蹴とばして座標をずらし、壁に突き刺さった二本の触手を踏みつけると更に高く飛び上がる! そして落ちる勢いと蒼い光を剣にまとわせ魔物の赤い花めがけて思い切り剣を振るう! が、ギリギリ間に合った魔物の太い触手に渾身の刃は受け止められてしまった。 まだだ、と柄を握りなおした直後剣が触手の太い幹に沈み込みオルヴェは思わずバランスを崩してしまう。 ……魔物の身体から転落するオルヴェが見たのは、魔物の触手に剣を突き立てている”自分”の背中だった。 地面に音を立てて落ちてヴィーザルに回収されたオルヴェと違い、剣と同じ蒼い色をした”オルヴェ”は魔物の動きに合わせて地上に降りるとオルヴェとその仲間たちの前にゆらりと立った。 「オレ……なのか?」 「……」 オルヴェと違い無表情の”オルヴェ”は質問に答えることなく魔物を見据えると先ほどのオルヴェと同じように魔物に突撃した! 蒼い”オルヴェ”の素人らしからぬ動きと剣技は瞬く間に小さな触手を切り捨てながら魔物に肉薄する! だが魔物側も学習したらしく青年の通りそうな場所を的確に狙って触手を振り下ろし、自身に近づけないようにしているようだ。 ……何とかしないと、オルヴェが走り出したと同時に白髪の少女が隣に並ぶ。 「助けよう!」 イリスの提案にオルヴェは魔物に剣を向けて答える。 ”生き物ではない”獲物に加え、二匹の獲物が飛び出してきたことで自然と魔物はオルヴェたちに意識と触手を向けざるを得なくなる。 そのまま二人は前へと踏み込み”オルヴェ”を庇うと彼に向かって伸ばされる触手たちを陽動する! オルヴェが大きな蔓を一刀両断し、彼が仕留め損ねた触手をイリスのシングルスラストが一気にぶち抜いて処理する。 ……意図を理解したのか”オルヴェ”は単身の突撃をやめると魔物の隙を窺うように周囲を走り出した。 「させないっ!」 走り出したオルヴェの背に向かって魔物が殴りかかろうと掲げた緑の蔓は星術によって凍り付く! だが有効打ではないのか魔物の触手はすぐに身体を解いて別の触手を出現させ、アリシアはもの言いたげな顔で鼻を鳴らす。 「なら……これはどうかしら?」 そのままアリシアは前衛で戦うイリスたちに目配せすると先ほど凍らされた片方の触手、氷柱が命中したポイントを狙うようにもう一度星術を叩き込む! だが今度はじわじわと凍らせる氷ではなく、もっと早く鋭い雷であり魔物は焼けるような痛みに触手を跳ねさせる! 二、三発と星術や剣や盾の攻撃が続き、最後に先ほどアリシアがぶちまけたエーテルと霊気を槍に乗せたイリスが跳躍し魔物の傷口を貫くと魔物は激しい光と焦げ臭い匂いを漂わせながらのたうち回る。 「やるなお前ら!……ん?」 不意にオルヴェの周囲が暗くなる。 いやな予感のままに首を上げると頭上から巨大な蔓が振り下ろされようとしていた! すぐに逃げようと駆け出したオルヴェの足首に大人の腕ほどはある触手が絡みつく。 「あぐぅ!?」 切り捨てるよりも早く触手はそのままオルヴェの足首をあらぬ方向へ捻り上げる! 激痛に膝をつくオルヴェの頭上では既に避けられない距離まで緑の壁が迫っていた! 「オルヴェくんっ!!」 その時、転がりながら飛び込んできたエドはオルヴェの腕をぐっと掴んで盾の後ろに引き込むと両腕に装備した盾で蔓の衝撃を受け止める! 受け流して直撃は避けたものの厚い鋼の思い切り軋む音にオルヴェは仲間の名を呼ぶ。 「っエド!」 「大丈夫!さっきやられたやつです!」 エドは額から垂れてきた血を拭うと、煩わしいと言わんばかりに頭に巻き付いた蔓を前髪ごと引きちぎって行けと肩で指示をする。 オルヴェは巻き付いた固めの蔓を足首の支え代わりに少し長めに斬って、前衛で一人戦い続けるイリスと自分の元に駆けつける。 「脚大丈夫なの!?」 「これくらいなら大丈夫だ!それよりも……」 オルヴェの視線の先には相変わらず触手を避け続けながら剣を振るう”オルヴェ”が戦っていた。 ……そろそろ攻撃に移りたいのか段々と魔物との距離が近づいてきており、その姿は何となく一発で決めたいようにも見える。 「隙が欲しいのか」 低く冷淡な声に振り向くと、どこに潜んでいたのかヴィーザルが立っておりオルヴェと”オルヴェ”の顔を交互に眺める。 隠れながら攻撃を続けてくれていたが、やはりヴィーザルもこのままではいつまで経っても戦いが終わらないと悟ったのだろう。 「うん、あっちのオルヴェくんが攻撃したそうだからわたしたちで援護してたんだけど上手くいかなくて……」 「ヴィーザル、いけるか?」 「……射線に入るなよ」 二人の言葉を聞いてヴィーザルは面倒くさそうに頭を掻くが、手にはすでに毒を塗った短剣が握られている。 ヴィーザルが闇に隠れたのを見計らい、オルヴェが最初やった時のように二人は壁際を走っては魔物に攻撃を繰り返しどんどん部屋の端へと引き付ける! だが魔物も壁の破壊跡に何かを思い出したのか急に方向転換すると間逆の方向──アリシアたちの方へと走り出す! 「ッ!!」 その瞬間、赤い目をめがけて何本もの短剣が投げつけられた! そのうち一本が眼球を掠め、魔物の視界を一気に暗闇が支配する。 投刃によって盲目状態になった魔物は闇を払うかのように身体を左右に振り回して暴れだすが、正面に居るのはゾディアックとパラディン。 エーテルの熱と鋼の盾が植物の身体を瞬く間に弱らせ、纏わりつく獲物を追い払うと振り下ろされる触手には剣と槍が突き立てられ魔物は石畳の上に縫い付けられる! 「いっけぇぇぇ!!”オレ”ぇぇぇっ!!」 そして”オルヴェ”は蒼い一筋の光となって動けなくなった魔物に渾身の刃を振るった! 「!!!!」 青い一閃が魔物の体を何度も走り、遅れて赤い体液が吹き出したかと思ったら、魔物の左の巨大な触手が根本から切断された! 片腕をもがれた魔物はガラス窓を何枚もぶち破ったような声で絶叫すると狂ったように身悶えし広間の中を暴れ狂う! だが体液が流れ出るにつれ体力が失われているのか段々と動きが鈍くなり、やがて広間に魔物は前のめりにぐったりと倒れ込んだ。 「……倒したの?」 アリシアが星術器を下ろすとオルヴェたちもゆっくりと各々の武器をおろした。 ヴィーザルとイリスは倒した魔物に恐る恐ると近づくと検分を始め、やがて首を振って笑みをこぼし、一行はやっと肩の力を抜くことができた。 「勝ったぞーーっ!!」 「まぁ当然の結果よね」 「あーー……怖かったぁ……」 その場で飛び跳ねて喜ぶオルヴェに静かに顔を緩めるヴィーザル、喜び方は違えどアルゴノーツが互いの無事に喜びを噛み締めていると蒼いオルヴェの身体が陽炎のようにゆらめく。 ……役目は終わったとでも言わんばかりに、”オルヴェ”はアルゴノーツの目の前からも霊堂からも姿を消してしまった。 光の粒子となった自分の姿に手を伸ばしたオルヴェにアリシアたちがそっと寄り添い、オルヴェは剣を握りしめてゆるく顔をほころばせた。 結局先ほどの蒼いオルヴェの正体はわからずじまいだったが、それでも皆無事に生きて帰れたのだ。 「……それじゃあミッションを報告しに──」 ……魔物の残った蔓がピクリと動いた。 「!」 何か来る、エドは咄嗟に一番近いオルヴェとイリスの前に出て盾を構える! その直後魔物の背中の花が一気に膨張し広間に花粉の嵐が吹き荒れた! 花粉の生臭い酸味が口腔に広がった途端に腕に力が入らなくなりエドは必死に口を閉じる。 盾の重さと花粉の勢いで倒れかけた青年を持ち上げるようにオルヴェとイリスがその背中をしっかりと支え、三人がかりで暴風を耐えしのぐ。 「大丈夫か!?」 「なんとか、ぐっ……」 花粉の嵐が終わりエドは力尽きるようにその場へ膝をつく。 すぐさまイリスがポーチからテリアカβを引っ張り出してエドに飲ませようとするが、もろに花粉を吸ってしまったようでエドは激しく咳き込む。 ……エドが盾を構え続けてくれなかったら自分たちも同じようになっていたのかと思うと恐怖と同時に魔物に対して怒りが沸いて来る。 「ッアリシア!ヴィーザル!」 顔色の悪いエドを見たオルヴェの脳裏に後列の二人の顔が浮かぶ。 隊列の関係上、一番魔物から距離を取っていたとはいえ周囲は最初の時と同じように黄色い煙のカーテンに包まれてしまった。 ──アルゴノーツは完全に分断されてしまったのだ。 「オルヴェく──きゃっ!!」 「イリス!」 煙の中から素早く出現した太い蔓が周囲を薙ぎ払い、合流を阻止するように正面の煙が晴れて魔物が現れる。 先ほどの戦闘で片方の触手は失われたというのに赤い目はオルヴェたちを睨みつけるように光り口からはカタカタと不気味な音が聞こえてくる。 「二人とも……僕の事は気にしないで、逃げ……」 「そ、そんなのダメだよエドくん!」 うずくまっていたエドは盾を支えに中腰まで立ち上がるも、毒が抜けきっていないのかすぐに力が抜けてイリスに支えられる。 このままでは三人ともやられてしまう、エドの悲痛な面持ちにオルヴェは自分の腕を見つめ拳を握った。 「……分かった、だがな!」 「!」 自分の事は良いと懇願するように見つめてくる茶色の瞳にオルヴェは頷くと、イリスとエドに背を向けて魔物の方へと駆け出した! 「一回出せたんだ、何回だってあの蒼いオレを出してやる!」 オルヴェが剣を握りしめると翠の宝玉が強く光り、背後で自分を呼ぶ仲間の声を無視し青年は魔物に向かって斬りかかる! 今の自分たちが逆転するには先ほどの”オルヴェ”をもう一度出さなければならない。 腕のような触手が一本減ったからといってもオルヴェが対峙する魔物は遺跡のヌシ、しかもオルヴェの動きをほとんど覚えたのかしなる蔓は足元を狙い転倒しかけた青年の頭めがけて太い蔓が容赦なく振り下ろされる! 「ぐあっ!」 頭に触手が直撃し世界が揺れる。 続いて腹、脇腹と触手の猛攻は続き、オルヴェは地面に力なく倒れ剣も手から離れてしまった。 だが魔物はそんなオルヴェにとどめを刺すことはせずゆっくりと立ち上がろうとする青年の背中を強く押さえつけているだけ……小さな獲物を玩ぶのを楽しんでいるのだ。 剣に触れようとしないのは先ほどの光の影響だろうか、だとしても今の地面に縫い留められたオルヴェが手を伸ばしたところで届かない。 刺激臭と打撲の中で段々とオルヴェの意識が薄れていくが、不意に視界に剣の翠の宝玉が目に入った。 ……もしも自分が負けてしまったら今度は仲間たちがこのような目に遭う、恐らく確実に。 だからこそ、自分はこの魔物に立ち向かったはずではないのか。 オルヴェは痛む体に血液を回すと剣を手に取って真正面に魔物を見据える。 ここで冒険が終わってもいい、だから、 「オレの仲間に、手を出すなぁぁぁっ!!」 雄たけびを上げたオルヴェに触手を伸ばしてきた魔物の顔面で突如として火球が爆発する! オルヴェはあまりの暑さに腕をかざし、見た目通り炎に弱かった魔物は絶叫しながら後退していく。 ……とどめを刺そうと追いかけようとしたオルヴェの腕を甲冑を装備した手が掴んだ。 「エド、それにイリス……」 「一人で戦うなんて危ないよ、でもお陰で助かったよ」 「魔物に関してはひと先ずヴィーザル君たちに任せましょう」 傷口に手早く包帯を巻かれメディカを渡されるオルヴェの前では、弱点を把握したアリシアが星術器のリミッターを一時的に解除しヴィーザルが怒涛の攻めを行う彼女の補佐に回っていた。 「うちのリーダーによくもやってくれたわね、燃やし尽くすわよ!」 「……あんまり暴れるな、俺が焦げる」 「そう?あなたもさっきよりも随分と動きの切れが良くなってるじゃない」 ヴィーザルは使い終わった解析グラスを投げ捨てると少女を抱えてエドの方へ走り出した! パーティ随一の脚の早さがあるとはいえ、戦闘中に年頃の少女とゾディアックの器材を背負って運ぶヴィーザルの額に汗が浮かび、足を踏み出すたびに肺から酸素が飛び出す。 「エド!イリス!」 ヴィーザルに代わってアリシアの通る声がエドとイリスを呼ぶと、手当の終わった彼らは前後から二人を囲んで迫る触手のムチに立ち塞がる! 「させないよっ!」 イリスはヴィーザルたちの死角から突撃する緑の線を真っすぐ捉え、腰の両刃の大剣を片刃の片手剣に割って触手に投擲する! ヴィーザルたちに届く寸前で片手剣は触手の幹ど真ん中を貫き、触手はビクビクと痙攣しながら空中で止まりイリスは口角を上げた。 「オルヴェさん!行って!」 両手の盾を防御に攻撃にと振り回しながらエドは全員の意見を代弁するようにオルヴェに向かって叫ぶ。 オルヴェはコクリと頷くともう一度剣に力を込めた。 「うおおぉぉぉっ!どけぇぇっ!」 煙を突き抜け、魔物の触手を荒い身のこなしで回避しながらオルヴェは迫りくる魔物の猛攻を剣で受け切り払う! 魔物もまたあの蒼いオルヴェを出されたら厄介なのかアリシアたちを狙うのもそこそこに、オルヴェを狙っていた。 だがそれは炎による攻撃が素通しになる事を意味しており、オルヴェの胸や腹を蔓の槍が貫こうとする度に魔物の身体は強烈な攻撃に晒される! 崩れ落ちる魔物にオルヴェが剣を振りおろした瞬間、宝玉から蒼い光が放たれみるみる内に鏡のようにそっくりな青年の姿を得る。 「行こうぜ、オレ!」 オルヴェはこれまでと違ってどこか勇ましい評定をした"オルヴェ"に向かって頷くと、同時に剣を構えて魔物に突撃した! ……魔物の視界にはこれまで一つの不愉快な光しかなかった。 蒼と緑の中間の色をした光が瞬くたびに恐ろしい蒼い剣が蔓を裂き花びらを散らす。 一度は消えかけたそれが今度はなんと二つに増えているのだ。 視界の不明瞭な戦場は魔物だけではなくオルヴェたちにも有利な場所になっていた。 そしてついにその時が訪れる。 蒼い"オルヴェ"が一度だけアルゴノーツの前に下り立つと剣を横に構える、それは次で自分たちが魔物を倒すと伝えに来たようにも見えた。 陽動や再度決まった投刃のチャンスを逃すまいと地面を蹴飛ばしたオルヴェ、だが不意に魔物が触手を大量に出して思い切り体をひねり……アリシアたちが身構えた瞬間、魔物の巨体から体を振っただけの暴風が繰り出された! 「!」 辺りに満ちていた花粉が吹き飛ばされ、トドメのために跳躍した蒼いオルヴェに向かって針串刺しのように大量の触手が貫かんと伸びる! 「……!」 だが蒼い"オルヴェ"は階段のように伸びてくる触手を切りまくり、顔を貫かれても気にもとめずそのまま 魔物の反撃を腹の真ん中に受けながら魔物の顔面に一文字の斬撃を叩き込んだ! 直後に蒼い”オルヴェ”は糸の切れた人形のように吹き飛ばされ壁に叩きつけられる! 一番手ごわい相手が光の粒子になって消えていく様に魔物は赤い目玉を細く歪める。後は弱い獲物だけだと言わんばかりに魔物は残った触手を冒険者たちに向かって一直線に振り下ろす! ……その背後で大きな影が飛び上がった。 「オレは、こっちだぁぁぁっ!!」 オルヴェの大砲のような大声に反射的に振り向いた魔物はハエを払うように触手で──触手は地面の上だ! 咄嗟に体の向きを変えようにもその動きを読んでいたかのように魔物の半身に炎の玉がぶつけられる! 炎から逃れようと首を上げた魔物の視界が最後に映したのは青い刃だった。 残影が遺した顔の傷にオルヴェ渾身の剣を突き立てられた魔物は悍ましい悲鳴と体液をまき散らしながら暴れだす、だがオルヴェも指先が白むほどの力で魔物の表面にしがみつくと何度も鋼の牙で切り裂き続ける! 「倒れ──ろぉぉぉぉっ!!」 それでもなお暴れようとする魔物にしびれを切らし、オルヴェは喉奥に向かって思いっきり頭突きをお見舞いした! 「!!!」 石頭という破城槌を急所にぶち込まれた魔物は一瞬全身を激しく痙攣させるとそのまま硬直する。 ……やがて丸太のように太い蔓がだらりと地面に投げ出され、花のような足をぐしゃりと紙屑のように崩しながら魔物は自らの体液の上に崩れて落ちていった。 唾を飲み込むどころか誰も息すらできないような静寂の中、汁まみれのオルヴェがゆっくりと魔物の口から出てきた。 オルヴェは顔をぬぐうと花汁まみれの自分と仲間を数えるように見渡して立ち上がる。 何度も頭を左右に動かして周囲を見渡してもあの恐ろしい魔物の姿はどこにも無く、自分の背後に転がっているソレは間違いなく先ほどまで戦っていた魔物だった。 「……やった」 興奮冷めやらぬ呼吸のままオルヴェが小さく呟き、一行はその場に座り込んだ。 ……東土ノ霊堂の死闘をアルゴノーツが制したのだ。
6
「オレたちが勝ったんだ!オレたちが!!」 オルヴェは信じられないといった様子で何度もうわずった声を上げて仲間たちにじゃれついていると、隣に座るヴィーザルにしつこいとおでこをはたかれオルヴェを含む一行から明るい笑い声が響き渡った。 ……未踏の遺跡を発見するだけではなく、巨大な魔物の退治もやってのけたのだ。 今になって震えてきた身体を落ち着けるように青年はその場をしきりに歩き回るが、それでも歩調は足をひねったというのに軽く心臓のドキドキが収まらなかった。 大人しく手当ても受けられないほど興奮したオルヴェの様子をエドは包帯片手に微笑みかけ、オルヴェも照れたように笑った。 アリシアも子犬のように落ち着きのない幼なじみに呆れたように肩をすくめるが弧を描いた口から洩れる息は安堵の温度をしており、そのまま少女はそっと青年に寄り添った。 「でもどうしてオレの位置が分かったんだ?」 「剣の宝玉よ」 「遠くから光ってるの見ると意外と目立つんだよ」 「そうだったのか……」 花粉の中で動き回るこの光を見てオルヴェの位置を確認していた、と人差し指を立てるアリシアの解説を補足しヴィーザルもオルヴェの隣に腰かけた。 刃が蒼い光を失った今も翠の宝玉は水面のように炎が燃えるようにゆらゆらと光の色で周囲を照らしており、興味津々にのぞき込んでいたイリスはその美しさにほぅと感嘆の息を呑んだ。 周りの仲間たちの談笑に囲まれながら、オルヴェは労うように宝玉をなぞる。 ……ただの装飾品にしか見えなかった宝玉がまさか自分の命を助けるとは思ってもみなかった。 初めて見つけたときもこの部分だけ唯一石になっていなかったしもしかすると……そう思っていると不意に指先に小さな振動が走る。 「……ん?」 喋りながら喉に手を当てたときと同じように低く響く振動、この振動にオルヴェは何となく覚えがあった。 ──マギニアが空を飛んでいる時の振動とよく似ている。 『敵の生命活動停止を確認、オールクリア。 緊急事態につき新規マスターのデータ作成を承認。戦闘データのセーブ、身体スキャン、完了』 「うわっ!」 突然宝玉が光と音を発しオルヴェたちは一斉に身構える! 直後にオルヴェの身体を青白い線と光が体中を這い回り剣の近くに青白い四角と高速で流れる文字が”浮かび上がり”何度も点滅を繰り返した! 大慌てでエドがオルヴェに手を伸ばすが何が起きているのか分からない以上危険すぎるとアリシアが腕をつかむ。 「オルヴェ!手を離せ!」 「ダメだ!なんかこれは、手を離したら多分ダメだ!」 「はぁ!?」 冷や汗をかいたヴィーザルが剣を離すように告げるもオルヴェは首をぶんぶん横に振った。 痛みも無ければ眩しくもないが、ただ何となく剣を離してはいけない気がしてオルヴェが柄をしっかりと握りしめるとヴィーザルは剣を凝視したまま身をかがめた。 ……オルヴェから無理やり剥がそうとしなかったのはこの光が先ほど魔物の花粉の煙を吹き飛ばし、もう一人の”オルヴェ”の身体の光と同じものだと、彼自身もそしてオルヴェも直感していたからだろう。 オルヴェの身体を巡っていた光はやがて剣に向かって水のように吸い込まれ、そして剣から”何かが終わったような”甲高い音が広間を駆け抜けると宝玉が息を吸うように揺らめいた。 『……はじめましてマスター。私はベータ、この島で作られた万能型対人兵器「フェンリル」の初号機です。 フェンリルは機体名、ベータは他機と区別するための愛称です。お好きな方でお呼びください』 蒼光を放つ剣はそこまで一息に言い切ると、オルヴェの返答を待つように宝玉をゆっくり点滅させる。 だがいつまで経っても返事が無いことに不信感を抱いたベータがあの、と声をかけた瞬間オルヴェは剣を投げ捨てん勢いのまま叫んだ。 「喋ったぁ!?」 『……はい。対話用AIに直結したボイスシステムを搭載していますので会話することが可能です』 何だそんな事か、とでもいう風にあっけらかんと言い放つベータ。 だが彼にとっては常識でもアルゴノーツの反応は変わらず、AIやボイスシステムなどアリシアすら未知の単語が飛び出してきたせいでむしろ更に表情を険しくしてしまう。 『……どうかしましたか?バイタルが高まっています、なにかお困りですか?』 流石のベータもアルゴノーツの異常な雰囲気を察知したらしく先ほどよりもゆっくりとした声で彼らに話しかけてきた。感情のない無機質な声色は精一杯心配していることを伝えようとしているのか、間をおいては何度も繰り返される。 ……その様子を見たアルゴノーツの面々はやがて互いに頷くと未だ喋る剣ベータの声に話しかけた。 代表して話しかけるオルヴェの周囲では仲間たちが固唾をのんで見守っており、いざとなったら青年を助けられるように武器を握りしめる者もいた。 友好的とはいえ相手は未知の遺跡の居た未知の存在。慎重に言葉を選びながらの説明にベータは聞き入るように沈黙し、やがて飲み込むように静かな思案へと変化し、無機質な声が再度霊堂に響いた。 『……状況を把握。マスターたちは冒険者と呼ばれレムリア島の調査を行っているのですね』 「そう。でもあたしたちの司令官は東土ノ霊堂の存在を知らなかったし、あなたみたいな遺物、それも人間みたいに覚えて考える存在が居るなんて言っていなかった、だから幾つか質問させて頂戴」 「……さっき魔物は何だ?」 「えっと、大きな花を背中におんぶしてる植物型の魔物なんだけど」 まず質問したのはヴィーザルとイリスだった。イリスは身振り手振りで魔物の様子を語り、ヴィーザルの指差した方向には巨大な花の魔物が横たわっていた。 先ほどの戦いで切り裂かれ焦がされた身体からは甘ったるい香りのする蜜が垂れており、どこからともなく現れた虫たちが既に蜜のプールを飛び回り始めている。 『マスターと視界を共有しているので外見の説明は不要です。 ……先ほどの魔物は施設を警備する守護獣。識別名は「大いなる花獣」。 侵入者以外を襲わないようプログラムされています。 侵入者を撃退する場合、麻痺作用のある毒ガスを噴霧し武装解除・拘束します。 先ほどのように侵入者の殺害を目的とした行動は異常です』 殺害、という単語にオルヴェの剣を握る指先に力が入った。 マッスルフライ相手でも命懸けの戦いであることに変わりはないのだが振り下ろされる棍棒のような鞭の風切り音や重量が脳裏によみがえる度に、自分の身の丈の数倍はありそうな大いなる花獣が自分や仲間たちの命を奪おうとしていた事実を改めて理解させられる。 「……それじゃ次の質問、この遺跡は何なの?」 『東土ノ霊堂、かつてこの地に居た民が作り出した施設です』 「東土ノ霊堂だってアリシアちゃん!」 「すげーなアリシア!名前当たってんじゃん!」 「ま、まぁ当然よ!それで、この施設は何のために作られたの?」 重苦しい雰囲気の漂っていたアルゴノーツだったが東土ノ霊堂の名を聞くとにわかに騒ぎ出し、解読者であるアリシアを囲んで褒め讃えた。 当の本人も悪い気はしないのか、照れながらも鼻高々に髪をかきあげながらベータへ更に質問したのだが代わりに返ってきたのは甲高く聞きなれない音と謝罪の言葉だった。 『申し訳ありません。データ、人間でいう記憶が一部破損しています』 「記憶喪失ってことか」 『……ですがただ一つ、課せられた使命に関してはデータが残っています』 「使命?」 意気消沈していたオルヴェたちが聞き返すとベータの宝玉から一筋の光が放たれる。 青白い光が空中で機織りのように紡がれる神秘的な光景にオルヴェたちがあっけにとられていると、やがて光は半透明な世界樹とレムリア島の姿に形を変えたのだ! 未だ司令部も把握していないレムリア島の全貌はまるで大きな一つの大陸を引き裂いて作ったかのような形状をしており、その中央に位置する世界樹は目標地点である麓らしき部分で赤い丸が点滅を繰り返していた。 『私の使命、それは世界樹の麓へ赴くこと。 これは人類の存亡、世界の滅亡がかかった重要なミッションだと教えられています。 マスター、どうか私を世界樹の麓へ連れて行ってください』 「人類の……存亡!?」 直後、オルヴェたちの口から今日一番の大声が飛び出しパーティ内は混乱の坩堝と化した。 そんなこと聞いてないと汗を流しながら頭を抱えるアリシア、あまりにも突飛な話に呆れたように肩をすくめるヴィーザル。イリスは自分にはそんなの無理だと言わんばかりに涙目のまま首を横に振りまくる。 疑惑や否定的な反応の多かったアルゴノーツメンバーの中で唯一、オルヴェは頬を赤くして興奮気味にベータを握りしめた。 「なぁなぁ!それって……オレが世界を救う勇者に選ばれたって事!?」 『勇者?……厳密には私が起動した際、貴方に握られていたのでマスターとして認証せざるを得なかった、です。 今回は守護獣の暴走や私の権限や能力の凍結又は欠落、更には先ほどの命令といった様々な特例が重なり、例外処理として認識されました』 「オレは例外……何かカッコいいなぁ!」 まさか自分の人生にこんな出来事が待っているなんてとオルヴェは目を輝かせる。 そんな能天気で自己中心的でお花畑な思考回路が気に食わないのか、ベータは有頂天のオルヴェに向かってつらつらと言葉を放ち始めた。 『本来私のマスターになれるのは特別なIDを持つ者やA+級以上の戦闘員に限定されます。 貴方はそのどちらにも該当しませんでした。 戦闘データの分析結果では無駄な力の入りすぎ、無鉄砲、相手を軽視する傾向、圧倒的な経験の少なさ、そもそもの剣の扱いといった基礎の部分すら不合格です。どこで剣を習ったのですか? 貴方の戦闘を一言で言うなら勇者というよりも蛮勇、よって私は貴方をD級の戦闘員だと判断します』 「……」 オルヴェの動きがピタリと止まる。 ベータが口にした罵詈雑言の数々は差し水どころか濁流のように押し寄せ、広間の中は一気に葬式のような空気になってしまった。 『……最後に、万が一貴方が死体になっても私なら問題なく動かせますから命令に関してはご心配なく、マスター』 「この野郎!!」 ベータが言い切る前に顔を真っ赤にしたオルヴェはベータを石畳に向かって思いっきり叩きつけた! ガラスが割れるような甲高い音を立てている剣は相変わらず刃こぼれ一つしない。 むかっ腹の収まらないオルヴェはベータを投げ捨てたままズカズカと歩き去り、仲間たちに向かって早く来いよと地団駄をする。 「まぁまぁオルヴェくん、ベータさんも悪気は無いんだと思いますよ」 『おや、貴方はC級ですね』 「コイツ!!!!」 「ちょっとベータさん!?」 拾い上げたベータの発言に油を注がれたオルヴェはエドから剣を取り上げると今度は壁に向かって何度も叩きつけようとする! 暴走するオルヴェを羽交い締めにしてベータと隔離したアルゴノーツは故郷の頃から変わらない、いつも通り騒がしい帰路に着くのだった。 「すこしじぶんかってだけど、ゆうかんでやさしいところもあるんだね」 ……霊堂を去るオルヴェの背中を何者かが見ていたことに冒険者たちは気が付かなかった。 司令部へ戻ったアルゴノーツを待っていたのは相変わらず忙しそうなペルセフォネ姫だった。 険しい横顔で書類に目を向けていた姫は、生花の独特の香りに気がつき顔を上げると完成した地図を掲げて走ってきたアルゴノーツに労いの笑みを浮かべた。 「ところで、それは何だ?」 「ソレ?」 柔らかい表情で地図を見分していたペルセフォネがふとオルヴェの腰を指さした。 そこには鞘が無いのでとりあえず布でぐるぐる巻きにされたベータが佩いてあった──布がほどけてむき出しになった状態で。 無言で大慌てする仲間とは対照的にオルヴェは堂々と剣を見せつける。 「あー、これは霊堂で拾ったオレの剣です!」 「霊堂で……少し見せてくれないか?」 霊堂で拾った、という言葉に反応したのかペルセフォネはわずかに片眉を上げると衛兵に目配せをする。 駆け寄ってきた衛兵に促されオルヴェはベータをもう一度布で包んでから手渡してやると、衛兵はオルヴェに一礼してペルセフォネの机へ剣を置く。 ペルセフォネは見たことない剣に向かって鼻を鳴らすとベータの柄を手に取った。 ……その直後、アクアマリンのような薄青の瞳が大きく見開かれ額は青い燐光を放つ剣身につくほど近づけられた。 「!これは……」 「そ、ソイツになにか言われましたか!?」 オルヴェをよそにペルセフォネは周囲の衛兵に指示を出すと、書類の山を崩したり引き出しの中身を引っ張り出し始めた。 あまりの鬼気迫る雰囲気にオルヴェも言葉が続かず、無意識のうちに僅かに身体を後ろに反らせて姫を見守るしかない。 「ちょっとマズい事になるかもしれねぇな」 「どういうことだよヴィーザル?」 「あの狼狽ぶり、どう考えてもベータを知ってるとしか思えない。もしかするとあのまま司令部に預かられて返ってこないかもしれねぇぞ」 「マジで……!?」 コクリと頷くとヴィーザルは指先を口に当てて難しい顔でペルセフォネの方を見つめる。 樹海の取得物は基本的に冒険者のものとなる自治体が多いがあくまでそれは『許されたものだけ』、重要な物品は何かと理由をつけて没収されるのが関の山だ。 親友の語る悲惨な事例の数々にオルヴェは凍りついた顔で委縮しきってしまい、剣を携えて帰ってきたペルセフォネに今にも泣きそうな声で詰め寄った。 「あの、オレの剣どうなっちゃうんですか!?まさか没収……!」 「没収?……もしかしてそれを心配していたのか。安心しろ、この剣はお前の物だ」 快活なオルヴェのあまりの狼狽えっぷりと、彼の仲間たちの警戒と不安の混じった硬い顔つき。 全てを察したペルセフォネは否定するように笑みを浮かべると首を横に振って剣を机に置いた。 「さて、この剣を返す前に少し私の話を聞いて欲しい。その霊堂で発見されたという剣……それはレムリア載記に記録されている遺物の一つ、『レムリアの宝剣』だ」 「レムリア載記?」 「遥か昔、この島で繁栄した古代レムリア王朝の記録が残された貴重な書物だ。 当時の文化や国の祭事について……この飛行都市や我らが追い求める秘宝についても記されている」 そこまで言うとペルセフォネはアルゴノーツに向かって小さく手招きする。 彼女の机の上には紙束──恐らくは先ほど口走っていたレムリア載記の写しと思われる紙がいくつも置かれていた。 そこには飛行都市マギニアだけでは無く不死の薬が湧き出す杯、いかなる病をも癒す食物とにわかには信じ難い秘宝の数々が記録されていた。 ……その一枚に宝玉のはめ込まれた不思議な形状の剣の挿絵があった。 「ベータ……!?」 「ほぅ、既に名前まで付けているとは」 しまった、とオルヴェが口を覆うがペルセフォネは我が子を見守るような温かな表情で微笑みかけてくるだけだった。 ……勘違いされているようだ、オルヴェは内心ホッとしたような恥ずかしいようなモヤモヤした気持ちに襲われ顔を赤くするがペルセフォネは続けて紙片をめくる。 「載記によればレムリアの宝剣と呼ばれているものの、剣だけではなく持ち主が一番得意とする武器に姿を変えあらゆる戦場を勝利に導いたと書かれている。 だが今回重要なのはそこではない」 そこまで言うとペルセフォネは背後に吊るされた大きな地図を指差す。 各地の景色であろう挿絵やメモや赤い線や丸がいくつも描かれた島の全体像は霊堂でベータが見せてくれたものと非常によく似ていたが詳細は描かれていない。 その中でペルセフォネはマギニアの停泊している島と初めて見る樹海の絵が描かれた隣の島を指でなぞった。 「なんとレムリアの宝剣は各地の霊堂の最奥にある”別の島につながる樹海磁軸”を起動させる唯一の手段らしいのだ」 「別の島へ!?……でも樹海磁軸って?」 「……樹海磁軸っていうのは樹海の特定のポイントに生えている光の柱よ、それに触れると街や特定の樹海に瞬間移動できる不思議な効果があるの」 「そんなものがあるんだね……!」 樹海磁軸、街と樹海を繋ぐ謎の光の柱であり専門家や歴戦の冒険者の頭脳を以てしてもその正体は分からない樹海の不思議の一つだった。そんな魔法のような技術をベータを創り出した人々は制御していたのだろうかと考えるだけでオルヴェの夢は膨らむばかりだ。 「我々司令部はこれからもレムリアの宝剣を調査する。そして汝らはレムリアの宝剣を携え先への道を見つけるのだ。私では樹海に赴けないからな」 アルゴノーツ、と鋭くも期待するような声に名前を呼ばれオルヴェは背筋を伸ばす。 そのまま跪くと、騎士の叙勲式のように姫から差し出されたレムリアの宝剣をうやうやしく受け取る。 剣は今のオルヴェのように清々しい蒼を輝かせ、馴染んだ赤い柄を握るとますます心は高鳴るばかりだった。 「はいっ!!」 司令部の天井にまで届きそうな大声でオルヴェは頭を縦に振った。 東土ノ霊堂を踏破した報酬を貰ったアルゴノーツは、自分たちの活躍を祈念し酒場で少し豪華な夕食を取ることにした。 五人で囲むテーブル席にはそれぞれの好物がどかどか並べられ、若き冒険者たちの発見を知った同業者に声を掛けられては初めての冒険の話を繰り返す。 そんな大盛り上がりの様相を呈していた。 そんなどんちゃん騒ぎの翌日、彼らはは東土ノ霊堂の花の魔物が住んでいた広間に足を踏み入れていた。 わずかに鼻をつくような刺激臭は残っているが、ヌシのいなくなった遺跡は息の根を止められたかのように寂寥感に支配されていた。 ……魔物がその身で塞いでいた広間の奥に他よりも一際古びた扉が鎮座していた。 『樹海磁軸はこの先にあります』 「……開けるぞ」 ベータを握りしめてオルヴェが力を込めると石の扉は枯れ草を落としながら重い音を立てて開いた。 東土ノ霊堂最後の部屋の中央、そこに青白く輝く光の柱がそそり立っていた。 「これが樹海磁軸か、罠らしきものは無さそうだが……司令部で見たのと動きがちげぇ」 「なんていうか、動きが悪いわね」 そう言いながらアリシアが磁軸に触れてみるが一向にどこかへ飛ばされるような気配はしない。 キラキラと光を空へと舞い上がらせる樹海磁軸は参考に見せてもらった絵と同じ形をしているのだが、色は青く動きもどことなく鈍い。 『磁軸を確認しました、未起動の状態です』 「ということは、こっからがオレたちの出番か」 ベータの声を聞くやオルヴェはニィと歯を見せて笑うと磁軸へと近づく。 静まり返る小部屋の中、固唾を飲んで見守る仲間たちの中央でオルヴェは目を閉じて剣を構える。 『剣を空に掲げ、精神を集中させてください』 オルヴェは深呼吸をしながら指示通り剣を天へ突き出し目を閉じる。その姿はまるで街に立つ英雄の像のように勇ましいものだった。 瞼の暗闇の中でオルヴェの耳に聞こえてくるのは自身の鼓動の温かい音と風の音、そして子守唄のようなベータの声だけだ。 感覚を研ぎ澄ませつつも鼓動はいつもと同じ間隔で音を刻む、体の全てが冷たく清らかな水の中にいるような感覚は初めて残影を出したときと同じものだった。 「ふっ!」 全身にビリッと電流のような予兆が走り、オルヴェは突然目を見開くと一気に剣を振り下ろす! 剣の軌道を描き放たれた青白い光が磁軸のど真ん中を捉え命中すると、磁軸は根本から一気に輝き出し青からピンクへと色が鮮やかに移り変わった! おおっ、と仲間たちから歓声が上がり全身の集中が切れ肩を上下させながら息を吐いているオルヴェにベータはこれまでよりもずっと柔らかい声で話しかけてきた。 『おめでとうございます。マスター、そしてアルゴノーツの皆さん。樹海磁軸の起動に成功しました』 「ほ、本当か!?」 全力疾走したかのように息を切らせながら問いかけるオルヴェにベータは肯定を示す。 やってやった、とオルヴェの胸の中に得も言われぬ熱が満ちる中でイリスたちはオルヴェとベータに近寄ると大喜びで彼に抱きついた。 「オルヴェくんっ!さっきの本当に勇者みたいだったよ!」 「だろ!改めて燃えてきたぜ!!」 「はしゃぐのもいいけど、まずはどこに繋がってるのか確かめないと」 無邪気に喜ぶオルヴェとイリスを冷静にたしなめるアリシアも好奇心を抑えられないのかどこか楽しげに磁軸を眺めていた。 「エド!ヴィーザル!ほらほらイエーイ!」 「お前は相変わらずこれ好きだな、おらっ」 続いて喜色満面といったエドと、どことなく浮ついているヴィーザルもオルヴェに近寄ると若者らしく拳を突き合わせて喜びを分かち合う。 「行こうぜ!世界樹の麓に!」 オルヴェを筆頭にアルゴノーツ一行は一斉に樹海磁軸に触れる。 ピンクの光に包まれふわりと足元が浮き上がったかと冒険者たちが認識した直後、既に彼らの姿は東土ノ霊堂から消えていた。 ……アルゴノーツのレムリアの宝剣を巡る冒険の幕が、今上がる。
あとがき
SQXのギルド『アルゴノーツ』のプロローグ後編であり第一迷宮のお話だよ。 遂に脳内世界樹の迷宮Xストーリーモードの主要キャラクターが全員揃ったので、ここからお話が始まっていくよ! 16歳の元気な冒険者の少年が聖剣に選ばれ勇者になる!ベタなシチュエーションだけどアルゴノーツはそういうのが魅力。 今回初めてアルゴノーツの戦闘シーンに挑戦したんだけどこれがなかなか手間取った。 これまでギルドは現地集合設定で作ることが多かったので、アルゴノーツは最初から仲良しかつ初心者っていう冒険者の強さのさじ加減が難しいギルドだった。 最初から連携させすぎず、だけど一人芝居にならないようにするのが大変だったけど今回の戦いでアルゴノーツのみんなも樹海のいろはが分かったはずだし次の迷宮からは楽になるかもね。 途中のピンチシーンで思わず長々とオルヴェが花獣に甚振られるのを続けそうになったけど踏みとどまったのは内緒 『あくまでストーリーモード!全年齢ストーリーモード!』なのでこれからも他のお話と比べると過激な描写は少なめのはず。多分…… 最初は前回の『旗を揚げよ!』にまとめるつもりだったんだけど、書いてるうちに文字数やシーンが異常な勢いで膨らんできてしまい何とか形にすることはできたものの、最終的に29706文字になった。(空白改行章タイトルぬき、旗を揚げよ!の方は11658文字) 道理で書いても書いても終わらないし一週間近く掛かるしところどころ息切れ気味なわけだ! いちおう以降の迷宮も現時点で大まかな流れや書きたいシーンはあるけれど、まだ細部を詰め切っていないのでここからは実機プレイで埋めていきたいところ。 気長に待っててね