進め新米冒険者(前編)

アルゴノーツ:第二迷宮『碧照ノ樹海』 その2

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『いつまでため息を吐くつもりですか、マスター』 「いってぇ!!」 夕方に目を覚まして以降ずっとため息ばかり吐き続けるマスターめがけてベータは渾身の体当たりをぶちかました! 『病院内なのでお静かに』 「ぐぅぅ……っ!だったら頭目掛けて落ちてくるなよ!」 「マスターの頭蓋骨は一般的な男性に比べ2.3倍ほど硬いので問題ないと判断しました」 「知るかっ!」 ベータの金属製の体がおでこに勢いよく衝突し目に涙を浮かべたオルヴェは薄いマットレスの上を転げ回って悶絶しながら怒る。 ……二匹目の獣王ベルゼルケルを何とか追い払うことに成功したアルゴノーツ。 だがその代償は重く、未熟な身でベータの力の一端を解放したオルヴェは全身の筋肉から始まりあらゆる身体の内部や健を痛めてしまい、三日の昏睡と一週間の探索禁止という代償を支払う羽目になったのだ。 ──ただ、不幸中の幸いにもオルヴェ以外のメンバーは全員軽傷で済んだ。 彼らは昏睡状態のリーダーを病院に任せ、今もオルヴェ抜きで獣王ベルゼルケルに迫るための探索を続けている。 そんな話を目覚めてすぐベータから聞かされたのだ。 「こっちは早く獣王ベルゼルケルを追いかけたいってのに……」 『今の体と実力で太刀打ちできる確率は0パーセントに近いです、寝て下さい』 「寝てろって言われてもよぉ〜〜……」 置いていかれた寂しさや四人だけで冒険を再開してもらっている申し訳なさよりも、これではアルゴノーツのギルドマスターの名が廃るという焦燥感やプライド、そして目の前にある未知の冒険をおあずけにされたような状況の方がオルヴェには耐え難い。 ベータに愚痴ったりため息をついたところでじわじわと潰されているような痛みは癒えないし大人しく寝ていた方が結果的に早く済むのは分かっているのだが……。 「なぁベータ!オレの体もオリバーたちみたいに直してくれ!」 『はぁ』 数秒も経たない内にオルヴェは両手を合わせながらどこからそんな声が出せるんだと思うほどの大声でベータに懇願する! ……あの高慢ちきな態度と慇懃無礼な性格のコイツに話を聞いてもらうにはこれしか無い! 『不可能です。先日の戦いでエネルギーを消耗しましたので直せる余裕はありません、自力で頑張ってください』 「そんなぁ!一週間もベッドの上とかオレ絶対ムリ!退屈すぎて死ぬって!」 『一応明日からは宿に戻っても良いと言われているでしょう』 「だけどさ〜〜!!」 子供のように駄々をこねようが何度もしつこく迫ろうが握りしめたベータは頑なに首を縦に振ろうとはしない。 ……無感情な声と変わらない答えを聞いていると、まるで巨大な鉄の壁を必死に押して動かそうとしているような気分になってくる。 『それに、明日は朝十時からペルセフォネ姫と面会の予定ですよ。早く寝て明日に備えて下さいマスター』 「はいはい分かった分かったって……」 そして翌日のペルセフォネ姫との面会というレッドカードを突きつけられたオルヴェは渋々ベータをサイドテーブルに戻すと自分のベッドに潜り込んた。 ……机の上からこっそりと下がっていく少年の体温や心拍数をスキャンし、やっと寝る気になったかとベータは無い肩の荷を下ろして一息つく。 明日からまた生意気な子供のお守りをするのかと思うと多少憂鬱だが今から最低でも八時間は静かで平穏な夜を過ごせるのだ。 「あ!オレさ、ベータに一つ聞きたいことあるんだけど!」 それから三十秒も経たない内にベッドから飛び出した手のひらがベータをぐわしと掴み上げる。 ……舌や歯があればベータが今どんな気分なのか、どういう悪態をつくのかこの少年に嫌と言うほど分からせられるのに。 『……何でしょうか?』 「二匹目のベルゼルケルに立ち向かった時だけど、なんでオレの手助けしてくれたんだ?」 ……オルヴェの知っているベータは言う事為す事あらゆる事を理屈っぽい口調と論理で否定し反論するような奴だ。今も冷静に答えてくれているが内心自分をぶん殴りたいと思っていることだろう。 ──二匹目のベルゼルケルにオルヴェが立ち向かうことを告白した際にベータから返ってきたのは無謀、不可能、諦めろの三句。 だが、あの時のベータはいつもと違った。 無理矢理仲間に別れを告げ自らの正義を選んだオルヴェを見捨てるわけでもなく、やろうと思えば出来るのに体を乗っ取って逃走せず、己の中に封じられた力を解放し限界ギリギリまでオルヴェの無謀な希望に協力してくれた。 ……その結果、負傷者はいるが誰も死ななかったという熟練冒険者でもそうそう起こせないような奇跡を起こせたのだ。 「教えてくれよー!何か理由があるんだろ?な、良いだろ?気になってオレ全然眠れないよ〜ベーター」 『……』 「……はぁぁ」 だが無機物とのにらめっこ勝負に勝てるわけもなく、十数分の激闘の末沈黙に耐えかねたオルヴェは重くなってきた瞼をこすりながら枕に頭を埋めた。 ……答えたくないなら答えなくても良いだろう。押せば押すだけ意固地になるのはあちらも同じだろうし。 『──逃げなかったからです』 「へ……?」 ──背中から無機質で静かなベータの声がほんの少しだけ聞こえた気がして、布団で身を包んだオルヴェはすぐ起き上がった。 『私があの時、力を貸したのはマスターが瀕死の冒険者たちを見捨てて逃げなかったからです』 ──合理と判断力の化身であるベータが出した答えは、樹海で倒れてからずっと身体を苛んでいる筋肉痛を完全に吹き飛ばすほど衝撃的だった。 「え!?マジで!?ベータそういうの一番否定しそうなのに!?」 『勘違いしないで下さいマスター。あの選択は最も愚かで無鉄砲で考えの甘い行いだと言うことは当然の事実です。今回は仲間も救出対象も無事で済みましたがあの状況で勝てると思ったんですか?仲間を危険に晒したくないと言っておきながら巻き込むとは愚の骨頂ですね』 「お前なぁ!人が良い気持ちになってる時にそりゃ無いだろ!?」 珍しく褒めたと思った直後、ベータの言葉は流れるように軽率な行動への罵倒に切り替わった。 半分驚き半分喜びだったオルヴェは上げ落としをモロに受け、眉間にシワを寄せながら蒼い剣身に向かって言葉にならない不満に呻く。 だがベータはそんな威嚇を気にも止めず、更に言葉を続けた。 『……ですが個人的には貴方の選択は好ましいものでした、だから手助けした。それだけです』 「……」 その無機質ながらどこか思い出話をするような彼の本音にオルヴェもいつしかじっと聞き入っていた。 「……そっか、教えてくれてありがとな」 胸でつっかえていた疑問がまるで春の雪のように解けて、いつしかオルヴェにはベータの少し冷たい声がなんだか子守唄のように心地よい声に聞こえてきた。 少し早口で話を言い終えたベータに少し笑いつつ、今度こそおやすみの挨拶をするとオルヴェはベッドに体を横たえた。 『マスター──私は、そもそも立ち向かうなんて出来なかったんですから』 ……月の光が差し込む病室で最後の吐息のように絞り出された後悔と諦観。 いびきをかきながら暢気に眠る少年に聞かれなくて良かったなと自嘲しながら、ベータはいつもよりも静かな自由時間に身を委ねた。

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更新履歴

・2025/03/09:第1版