1
飛行都市マギニアがレムリア島に到着してから早半月。 私は埃っぽい部屋で一人、自分とよく似た字で書かれた手紙を息を荒くしながら読んでいた。 朝一番に送られてきたサプライズプレゼントは私の寝ぼけ眼を完全に目覚めさせ、私はすぐさま身なりを整えると古いオーク製のドアをぶち壊す勢いで飛び出した。 拠点にしている冒険者向けの小汚い安宿、狭い街特有の傾斜がついた坂と細い道、邪魔でしか無い客引きがはびこる商店街、騒がしいガキどもがたむろする公園、あくびが出るほどどうでもいい世界が今日はどこかで色づいて見える。 だって、こんなに『彼』と会えなかったのは久しぶりだから。 (早く会いたい、いますぐ!) 手紙の主の事を考えるだけで私の視界がキラキラとちらつき、心臓は飛び出そうなほど跳ねまくる。 おかしくなりそうなほどの歓喜とずっと溜め込んでいた寂しさと、ひとつまみの不安。 私はまるで恋した生娘のようにまっすぐに待ち合わせ場所に向かうと、舞台に上がる役者のように深呼吸してキャラメルの甘い香りの漂うカフェに足を踏み入れた。 指定された二人用のテラス席にいた赤い髪の青年は私に気づいたのかメニューを見たままクスクスと肩を揺らし、私が逸る気持ちを抑えてそっと近づくと彼は花が咲いたように満面の笑みを浮かべた。 「久しぶり、元気だったかい?」 その顔は子供のように幼く無邪気で、上目遣いの瞳孔だけが爛々と光る暗く濁った緑の瞳で見つめられてしまうと私もつい『鏡のように』彼に笑い返してしまうのだ。 「勿論だ──兄さん」
2
……ある高名な学者の論文によれば、同性の双子というのは知能も性格もあまり変わらないらしい。
だが、私の兄はハッキリ言って私よりも何倍も頭が良い。
そもそもこの計画を立案したのはほとんど兄、私は何も考えず指示に従って動けばいいという待遇だ。
おまけに今回だってたった数十分喋るだけの予定なのに、兄はマギニアでも特に見晴らしの良い人気カフェのテラス席を用意してくれた。
運ばれてきた上質な珈琲の味が舌に広がる度に私は兄の優秀さを噛み締め、頬をパンケーキで膨らませまるで幸せそのものを体現したかのようにご機嫌な兄を間近で見れる事に私は胸の中で何度も何度も感謝していた。もちろん兄に。
「それで君は『レムリアの宝剣』って知ってるかな?」
「レムリアの……宝剣?」
小腹を満たした兄は手を口元に添えてわざと声をワントーン低くする。
小さい頃から兄は二人だけの内緒話をする時は決まってこのポーズを取って、私の反応をウキウキしながら伺ってくるのだ。
私もわざとらしく眉をひそめてオウム返しをしてやるとお眼鏡に適ったようで、兄はちょっと悪い笑みを浮かべながら頷くとおしゃれなカフェには似つかわしくない古びた一冊の本──レムリア載記の後巻を取り出した。
「『それ』がどうかしたのか」
「ちょっと待ってくれ、確かこのページに……」
本の虫な兄らしい挟まれた大量の栞と折られたページを見ていると『元の持ち主』に返却するつもりはないんだろうなと思いつつ、私は静かにメニュー表を通路側に立てページを捲る音に耳を澄ませながら思案に暮れた。
(レムリアの宝剣、なぁ……)
私自身この単語には全く心当たりがなかった。
……本音を言うと、私個人はヨルムンガンドにも古代レムリア文明にも全く興味が無いのだ。
一応計画の要である『ヨルムンガンド』や他の重要事項は教えられた通り記憶しているがそれだけ、伝承や歴史が大好物である兄のような関心も好奇心も私の胸で沸き立つことは一切なかった。
(レムリアの宝剣ってことは剣なのか、でもたかが剣如きで釣れる兄さんじゃないし……)
「……ほら!あったよ!」
早々に考えるのをやめて舌の上の苦みを味わいながら兄を眺め、私の視線も気にせず夢中になってページを捲っていた兄はやがて開きグセが付いたページを突き出してきた。
そこに描かれていたのは金持ちの指輪についてるような青緑色をした雫型の『宝玉』。
それから、卵の殻のように纏わりついている粘土のようにも水のようにも見える『光の塊』だった。
「レムリアの宝剣、正式名称『フェンリル』はヨルムンガンドと同じ時代に製造された古代兵器。
そして、古代レムリア王国の栄華を築いた技術の到達点でもあるんだ」
「レムリアの……宝剣?」
兄はやや興奮気味に本を叩くと雛鳥の口に餌を突っ込む親鳥のようなスピードで見知らぬ言葉の羅列をスラスラと暗誦し始めた。
……レムリアの宝剣、フェンリル。
かつて古代レムリア王朝が繁栄した時代に製造されたコレは兄の目指すヨルムンガンドとも関わりがある、一言で言うなら兄弟機なんだとか。
そんなレムリアの宝剣も元は軍事利用が主だったらしいが、弟分となるヨルムンガンドが製造されて以降は軍用から民間用にも生産され古代レムリア王国内のありとあらゆる場所で使われるようになったそうだ。
──それは何故か?
「君は……何故だと思う?」
「あー……レムリアの宝剣が万能兵器と呼ばれる所以、それは『持ち主によって最適な器に変化する特徴』にある?」
「そこだよ!だから僕はレムリアの宝剣が欲しい!」
私に読み上げさせた言葉を強調するように兄は強く、両手をゆっくり勿体ぶりながらポケットの中に突っ込んで二枚の紙切れを机の上に放り投げた。
一枚目は腰にレムリアの宝剣らしき柄を差した見知らぬ緑髪の少年が描かれた羊皮紙。
そして二枚目には冒険者ギルドのマークが刻印された冒険者の遍歴書が記されていた。
以前エトリアの遺跡で拾った『勝手に絵を書いてくれる遺物』を使ったのか、上等な羊皮紙──写真には精巧な絵が描かれている。
写真の少年は清潭な顔立ちをしているが全体的にまだあどけなさを色濃く残しており、腰に下げたレムリアの宝剣らしき剣と二枚目の紙が無ければただのガキにしか見えなかった。
「数日前、マギニアを歩いていたらレムリアの宝剣を持っている冒険者を見つけたんだ」
「……名はオルヴェ。男で歳は十六、職業はヒーロー。
ギルド『アルゴノーツ』のギルドリーダー……知らないな」
「知らない?碧照ノ樹海を牛耳っていた獣王ベルゼルケルを倒した期待の新人冒険者なんだけど、今入院中らしいよ」
「聞いたこともないし興味もない……それでコイツをどうすればいいんだ?」
役所らしい角張った文字で書かれた少年の遍歴書に目を通したが特に変わったところはない。
高名な王族貴族の血筋でもなければ、幾つもの国を股に掛ける大泥棒でもない。
どこかの迷宮を踏破した大冒険者でもその子供でもない。
……蛇足になるがどうやらこの少年は兄が落とした財布を拾いわざわざ追いかけて届けてくれたらしいが、そんな事はどうでもいい。
これくらいの雑魚なら兄さん一人でも殺せそうなものだが、わざわざ私に知らせたという事はそうも行かないのだろう。
こんな何の変哲もないガキが古代レムリアの遺物を持っているなんてイレギュラーにもほどがある。
なにか隠し玉を持っていてもおかしくはないと兄は考えたのかもしれない……だが私には無意味だ。
私はまだ火傷しそうなほど熱いコーヒーを一気に胃に流し込んで口を拭いながら席を立つ。
「夕方までには終わらせてくる、兄さんはここで待っててくれ」
……とっとと終わらせて早く兄さんの喜ぶ顔を見よう。
「ん、違うよ?──君に頼みたいのは、このオルヴェ少年を一人前の
3
「前にも話した通り、僕達の計画の要は抗い難い恐怖とその共通の敵による団結……その為には団結を促す『英雄』が必要だ!この少年にはその才能がある!!」
「え!?うおっ!!ちょっと待ってくれ兄さん!」
突然兄は何かに取り憑かれたかのように叫びながら立ち上がったのだ!
……さっきまで完全に殺れって雰囲気だっただろ!?
それまで石化したみたいに固まって呆気にとられていた私は咄嗟に片足を踏み出していた半身を大きくひねって反転させると兄が倒しかけた机を掴んで止める!
金属の脚と石床がぶつかる大きな音がテラス中に木霊し、地面に資料を既のところでキャッチした私は目を一等星のように輝かせながらまるで何事もなかったかのように椅子に座り直していた兄に開いた口が塞がらなかった。
「君にも話しておこうか、あれは僕が少年の後をつけて樹海に向かった時のこと!」
大人しくなったかと思ったのもつかの間、兄は目を爛々と輝かせたまま人差し指を天に向かって真っ直ぐに突き立てると演説を再開した!
「二匹目の獣王によって瀕死の重傷を負った知り合いの冒険者を助けようと無謀にも戦いに挑んだ少年は仲間たちやレムリアの宝剣、そして瀕死の冒険者までもを鼓舞し立ち上がらせたのだ!!」
「おいおい待て兄さん!!一旦落ち着けって!」
「まだまだ未熟だけどあの善性と適性の高さ!彼が育てば確実に計画は成功するぞ!あははは!!──むぐっ」
「ストップ!ストップ!……話が全く見えないんだが!?」
私はリンクスキルの如き怒涛の勢いで喋りだそうとする兄の口を咄嗟に手で塞いで強制停止させる。
見上げてくる丸くなった緑の瞳にちゃんと一から説明して欲しい旨を教えてやると次第に兄の上がりきったテンションが沈静化してゆく。
瞳に理知的な光が戻ったあたりでそろそろ良いかと口を覆っていた手を外してやると、兄はちょっぴり申し訳なさそうに唇を尖らせて頭を掻いた。
「いやぁ、思い出したらついテンション上がっちゃってさぁ。君にもあの光景を見せてあげたかったよ」
「……店中から見られてたぞ」
あははと陽気に笑いながら兄はお決まりのようにウインクして舌を出した。
茶目っ気で押し切ろうとしているが流石に今回ばかりは私もそれで流せるほど盲目ではいられない。
何事もなかったかのように話を続けようとする兄を唇を真一文字に結んで何も言わずにじっと見つめてやる。
しばらく兄は無言の圧力をかける私から目を逸らしていたが、やがて耐えられなくなったらしく物凄く小さな「ごめん」が聞こえてきたと同時に私の前にクリームと果物が乗ったふわふわのパンケーキが一口分差し出された。
……どうやら今回のにらめっこの勝者は私のようだ。
口腔に広がる甘ったるいジャムと甘さ控えめな生クリームの味わい、ついでに自分の分も切り分けて頬をまんまるに膨らませながら甘みを堪能する兄の姿に私の眉間に入っていた力や呆れといった感情はいつのまにか静かに消えていた。
少し混沌としたオープニングトークを終え、兄は店員に空になった皿やコーヒーカップを下げさせるとカフェ特有のたるんだ空気を追い払うように両手を小気味よく鳴らす。
「改めてさっきの話に質問はあるかな?」
「山ほどあるが……そもそも兄さんが欲しいのはレムリアの宝剣なんだろう?なのになんで見ず知らずのガキを教育する必要があるんだ?」
「計画に利用できそうだからさ。僕もただ単にレムリアの宝剣を手に入れるために君を呼んだわけじゃない」
私と兄は改めてレムリアの宝剣のページと冒険者の写真を一瞥する。
……兄が何を語るにせよ、着席した私に出来ることは兄の話ができるだけ脱線しないよう胸の前で小さく指を組んだまま話に耳を傾けることだけである。
「まず彼が持っているレムリアの宝剣だけど、他のレムリアの宝剣と比べて『特別』なんだ。
何がって言うと『大部分の力が封印されている』らしい」
「載記にも古文書にもレムリアの宝剣に封印があるなんて記述はどこにも無いな」
「ヨルムンガンドの動乱で失われた、何らかの目的で秘匿された、あるいは太古の人々すら知り得ない『何か』があるのか……」
兄が最初に話の題材に選んだのはレムリアの宝剣だった。
ヨルムンガンドと違って大きな事件がなかったのか、それとも別の理由があるのか、レムリアの宝剣は情報は殆ど残っていなかったらしく今やカフェの小洒落た机の上にはレムリア載記だけではなく方々から収集した古文書や兄特有の意外と丸っこい文字がびっしり書き込まれたノートが何冊も広げられており、最早肘をつく場所も無い。
「情報らしい情報も本人?の話が正しければ長年眠っていたせいで本来の力が失われてしまったらしいしか無くてね」
「本人?」
本人というのはやはり写真の少年なのかと思ったのだが兄は首を横に振る。
……まぁ当たり前か。
例え私達の知らない情報を持っている場合は兄が既に『お喋り』している筈だし、そもそもこのアホそうな少年がレムリアの宝剣の秘密を知っているとは思えない。
「──この特別なレムリアの宝剣はなんと『自我』を持っている。人間みたいに喋るし考えることが出来るし、何ならこの少年とケンカだって出来るんだ」
「自我ぁ!?」
しまった、と正気に戻った時には既に私の顔から上半身はテーブルに乗り上げて兄の鼻息がかかるほどすぐ近くに迫っていた。
こういう話で兄が嘘を言うとは到底思えないが余りに信じられなくて、勢いよく立ち上がった私の足元には金属製の椅子が大きな音を立てて横倒しになり目の前の兄も身振り手振りの途中で固まったまま顔を覗き込んで小首を傾げてくる。
先程兄が騒いでいたときよりも遥かに多いほぼ店中の客どもの訝しげな視線が全身に突き刺さり、背中に大量の汗が一気に流れるのを感じながら私は静かに着席する他なかった。
……そもそも、ただの兵器に自我があるなんてフィクションか何かか!?
「んふふっ……!!」
「に、兄さん……」
恥ずかしいやら穴があったら入りたいやら頭の中で羞恥心が爆発して、内気な生娘みたいに顔を真っ赤にして椅子の上で小さくなってる私の反応が相当面白かったらしく兄は椅子に座ったまま腹を抱えてしばらく吹き出していたが恨めし気に涙目で睨んでやると、ごめんと少しバツが悪そうに舌を出して首をすくめた。
「んんっ、載記によればヨルムンガンドにもレムリアの宝剣と同じような自我──自己判断の術式が組み込まれているみたいなんだ」
「そうか……でも自我があるなんて兄さんには寧ろ好都合だな」
「分かってるじゃないか」
不気味なくらいにっこり笑って兄は胸を……首からかけている『呪いの鈴』を大事そうに撫でた。
カースメーカーの兄にとって他者の自我を奪い従順な傀儡にする術は得意中の得意、かつて世界を恐怖に陥れたヨルムンガンドもレムリア文明の到達点であるレムリアの宝剣も兄にかかれば赤子同然だろう。
……それに自分の預かり知らぬ場所で自分やレムリアの宝剣の処遇を決められている少年の状況が少し哀れで愉快で、まるで喜劇のようで腹の底からくつくつとおかしな笑いが込み上げてくる。
「封印をどうやって解除するかは不明だが、それに関してはとりあえず追々やっていくとして……次は少年の事と君が『先生』になる事について話そうか」
「ぁあ……分かったよ兄さん」
兄はレムリアの宝剣の現持ち主である少年オルヴェの写真を私の前に改めて差し出し、静かに語りだす。
今度は最初の時のような聞き取らせる気のない早口ではなく、私とよく似た声はまるで物語を読み聞かせるようにゆっくりと一定のリズムを保つ。
それはまるでスキュレーの歌声のように透き通っており、気がつけば私は写真を握りしめたまま息をするのも忘れ兄の語る物語に聞き入っていた。
……獣王ベルゼルケルの討伐、そして二匹目の獣王ベルゼルケルとの遭遇。
先程の戦いで手傷を負った少年は、なんと自分の命よりも獣王に襲われて生死も分からない冒険者たちを優先した。
少年は仲間たちに頼み込んだ……『自分が囮になる間に助けを呼んできてくれ』と。
──そして少年の仲間たちは助けを呼びにいく者と、少年が獣王の気を引いている間に負傷した冒険者の手当をする者の二手に分かれた。
──負傷した冒険者たちは、逃げる事よりもほとんど立つことしかできないような状態でも少年たちに協力し戦うことを選んだ。
──そしてレムリアの宝剣はレムリア載記にも載っていない『第一の鎖』なる絶大な力を少年に与え、獣王ベルゼルケルを退けた。
何も知らずに聞けばなんて陳腐でありきたりなくだらない筋書き、だがこんな三流作家も書かないような三文芝居も『実際に起こった出来事』なら話は別だ。
あとがき
七人目のメインキャスト、そしてラグナロクの覇者の裏主人公が遂に登場だ! Side Bシリーズでは原作では描かれなかった弟くんの『成長』『もしも兄が死ぬ前に自分の意志に決着を付けていたら』『第十二迷宮の戦いに強い意味を持たせたい』というifに焦点を当て、最終的に全員生存ハッピーENDを書きたいと考えているのでこんな世界線もあるんだなぁと温かい目で見守ってもらいたい。 結局のところ、おおくちの中では二人が生存するだけなら冒険者でもお兄ちゃんでも航海王女でもペルセフォネ姫でもマキリでも、なんなら 沢田のアニキが1人でその場所に行ってなァ ロケットランチャーをぶっ放してその建物を木端みじんにしてもうたんじゃ でもいいよね!と考えている人だけど『ラグナロクの覇者』のテーマや主人公(オルヴェ)と同じヒーローという点から一番書いてて構想が膨らむ弟くんにスポットライトを当てることにしたのだ。 Xで遊んだ時からずっとブロート(兄弟問わず)生存ルートが書きたかったんだよ!! なおside『B』は、ベータでも、ブラボーでも、ブロートでも、ブラザーでも、ブレイブでも、バカでも、お好きにどうぞ(一つの単語で複数の意味に取れることに意味がある) ……と、深い意味があるけど弟くんからみた兄くんだから憧れと親愛と、って話を盛ってたら弟くんがポエマーでちょっとおバカになった、ごめん…必要な話だからゆるして あとブロート弟の一人称視点書きやすいなって思ったらこのニヒルな雰囲気と口調、新入りだ……よく似てるから書きやすいのね