樹海紀行(前編)

アルゴノーツ:第二迷宮『碧照ノ樹海』

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……磁軸を抜けた先に広がっていた景色は霊堂のものとは違う、明るい翠緑と木漏れ日に溢れた森だった。 眼前に広がる光景は先ほどの霊堂の欠片もないくらい自然と緑で埋め尽くされており、聞こえる鳥の声も匂いすら完全に霊堂と別物である。 離島とは言え僅か一キロ程度しか離れていないはずの場所なのに、ここまでの変貌っぷりに冒険者たちは言葉を失うしかなかった。 「枝分かれした低木、幹が膨らんだ樹木……間違いない」 「これって…碧照ノ樹海だよな?」 オルヴェやエドの故郷がある西の街タルシス。 そこから北に広がる大草原を進むと辿り着く巨大なバオバブ群が乱立する緑と泉の迷宮──それが『碧照ノ樹海』だ。 幼い頃から聞かされていた冒険の舞台に今、自分たちは足を踏み入れているのだ。 「話で聞いた通りの迷宮ですね、オルヴェくん!」 「ああ……!すっげぇ……!でも何でタルシスじゃないのにあるんだろう?」 「よね。あなたたちの話を聞く限りだとほぼ同じ景色なんでしょ?」 オルヴェとエドは子供みたいに目を輝かせながら大はしゃぎで走り回り、ヴィーザルとイリスも控えめながら一変した植生に興味をそそられている。 対してアリシアが周囲を見渡しながら興味深そうに唸って、首をかしげて問いかけてきたのでオルヴェはその通りだと胸を張った。 ……というか、実物を見たことがないので大体でしか答えられなかったが。 「とにかく似てるのは分かった。どんな魔物がいる」 「えーっと、森ネズミだろバッタだろ……あとそれから」 覚えている魔物を指折り数え水を得た魚の如く喋りまくるオルヴェの話を聞きながら、ヴィーザルを筆頭に冒険者たちは各々武器を手に取って歩みだす。 我らがリーダーが言っている魔物らしき影や気配は今のところ皆無、だが樹海に足を踏み入れた以上いつどこで何が襲ってくるか分からない。 自分の世界に入って樹海の知識を熱弁していたオルヴェも、歩き出した仲間に気が付くとすぐに足をもつれさせながら駆け出そうとする。 『マスター、碧照ノ樹海とは?』 「え?」 ──腰に差していたベータの問いかけはオルヴェだけではなく、先を進んでいた冒険者たちの足も絡め取ってその場に釘付けにした。 『私のデータベースにそのような樹海群は登録されていませんよ。 ……そもそもこのレムリア島にはここまで大規模な樹海は存在しません』 「どういう事だ?お前には見えないのか?」 突然意味不明な事を言い出したベータをオルヴェは眉をひそめて握りしめてやる。 ……こうすれば勝手に共有している自分の視界から眼前に広がる碧照ノ樹海がよく見えるはずだ。 見せつけるようにベータを構えて歩く度に短い電子音と考え込むような長い沈黙が続き、やがてベータはどこか困惑したように頭を振った。 「恐らくですが、私が眠っている間に島の生態系が大きく変化したようです。警戒を怠らないでください、マスター」 ベータはゆっくりと、しかし所々押し黙り、言い淀みながら言葉を紡ぐ。 ……それはまるで信じたくない事実を無理矢理飲み込んで吐きそうになりながら喋っているようで、気が付けばオルヴェは膨らませていた頰をしぼませ真剣な眼差しで青い剣を見つめた。 「ベータさんって何年眠ってたの……?」 「……現時点では、分かりません」 イリスの問いかけにそれだけ答えると、もう話すことは無いと言わんばかりにベータは再度沈黙した。 ……樹海に生えるバオバブがパーティで一番背が高いオルヴェの何十倍もの大きさに成長するまで一体どれだけの時間が必要なのだろうか。 それも、一本だけではなく数え切れないほど。 「き、君たちどこから来たんだ!?」 不意に響いた葉擦れの音と大声に思わずオルヴェはベータの切っ先を声の方へ振るい、イリスは悲鳴をあげて跳ねながら槍を構える。 ……振り向いた先にいたのはマギニアの腕章をつけた衛兵だった。 衛兵は突然現れたアルゴノーツと赤く輝く樹海磁軸を交互に見つめながら口をパクパクさせる。 ……まるで幽霊でも見たような、剣を抜くどころか今にも腰を抜かしそうな衛兵の様子にアリシアは脱力すると黙って星術器の電源を落とし前へと歩み出た。 「私たちはギルド『アルゴノーツ』の冒険者でして──」 ◆◆◆ 「──なるほど、君たちが司令部から言われていた例の冒険者ギルド……」 「はい!オレはオルヴェ、ギルド『アルゴノーツのリーダー』です!それでこっちはオレの大事な友達です!」 「ふふ、随分と仲が良いようじゃないか」 大困惑しながら驚く衛兵にアリシアたちは司令部の命令で樹海磁軸を起動したこと、それに触れてこの島に飛ばされたことを告げた。 ……本当に夢や妄想だとしてもあまりにバカバカしく信じがたい荒唐無稽なストーリーだな、とアリシアは心の中で自嘲した。 最初はホラ話みたいな本当の話に石化したように目と口をあんぐりと開けて固まっていた衛兵だったが、司令部からの命令や樹海磁軸という単語には覚えがあったらしく今は抜けた腰をはめ直し司令部から受けていた指示通り樹海に現れたアルゴノーツをベースキャンプまで送り届けていた。 ……どうやらあの場所は『本物の』碧照ノ樹海ではなかったらしく、少し進むと前の島でも見たような葉の茂った木々の小道が現れる。 「君たちが樹海磁軸を繋げてくれたお陰でわざわざ小型船でこの島に渡る必要がなくなりそうで助かるよ」 「えへへ、役に立てて私も嬉しいよ!」 「……だとして、何故俺たちを最初に見た時あんなに驚いてたんだ?」 歩きながら無邪気に喜ぶイリスとは対照的にヴィーザルは少し離れた位置から衛兵に言葉を投げかけた。 目付きの悪いアーモンド色の瞳に睨まれた衛兵だったが、特に気にすることもなく頭の中から記憶を取り出すように指先をくるくる回してみせた。 「ぁあ、君たちが転送された樹海……碧照ノ樹海の探索前に必ず冒険者はベースキャンプで記録を取るからだ」 「記録?」 「どこのギルドなのか、何名なのか、代表者は誰なのか……この島と本拠地は距離があるからな、不慮の事態の保険や救助活動を効率的に行うために必要だったんだ」 それも樹海磁軸の開通でいらなくなりそうだ、と衛兵はまた日は高いのにまるで仕事終わりのように腕と背を伸ばし肩を回して気持ちよさそうな声を上げる。 相当雑務に堪えていた様子の衛兵にイリスたちはつい吹き出してしまった。 暢気な衛兵と雑談を続けているうちにほとんど樹海の中と変わらないあぜ道は段々と小石や茂みが取り除かれ整備された道に変わってゆき、やがて開けた草原が現れる。 早足で近づくと丸太で作られた小屋や切り株の間に沢山の衛兵や冒険者たちが集う広場が見える。 空に立ち上る煙と漂ってくる香ばしい匂い、商店街か酒場かと思うような喧騒と人気。 レムリア島に来てまだ一月も経っていない、しかも樹海の一角だというのにほとんど街と変わらない人間の営みにオルヴェたちは息を呑んだ。 「着いたぞ、アルゴノーツ。 ここがベースキャンプ……『幽寂ノ孤島』攻略の最前線だ」

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更新履歴

・2025/03/07:前編後編に分割 ・2024/12/03:第1版